棺の家 04


 なんの躊躇いもなく開かれた襖の向こうは和室だった。雨戸が閉め切られているのか室内は薄暗く、異様なほどに肌寒い。そして、どういうわけか大量の花が散らばっている。

 

「なんだ、これ……」

 

 思わず呻き声が漏れる。

 花の絨毯を掻き分けるように敷かれた布団。そこに一人の女性が横たわっていた。リビングから差し込む光に照らされた顔は森田と瓜二つで、酷く顔色が悪い。否、それ以前に生気が感じられない。その様子はまるで――

 

「これってまさか……死体?」

 

「待て待て、それはさすがにまずいって……!」

 

 ぽつりと呟き、和室に踏み入ろうとする雅を慌てて引き止める。

 状況が全く飲み込めなかった。どうして死体が一軒家に安置されている? 生者と死者と幽霊が、どうして全員同じ顔をしているんだ? 冷静に考える余裕なんて今の朔真には少しもなく、ただ目の前に広がる光景に言葉を失うばかりだ。

 なおも和室――より正確には安置された死体――が気になるらしい雅の腕を掴みつつ、冷静さを取り戻そうと試みる。しかしそれよりも早く、最悪の事態は訪れた。

 

「人の家を勝手に見て回るなんて、失礼じゃないですか?」

 

 いつの間に降りてきたのか、本を抱えた森田が背後に立っていた。

 ぞわりと寒気が走る。その顔は確かに笑みを湛えているはずなのに、全く笑っているようには見えなくて。朔真は言葉を発することもできず、腕を掴む手に思わず力を込めた。早く本を回収して帰るべきだ。そう頭ではわかっていても、足が思うように動いてくれなかった。

 一歩、森田が距離を詰める。こちらも一歩下がろうとし――

 

「すみません、襖が開いていたのが気になってしまって。それ、図書館の本ですよね? まだ仕事が残っているので、僕たちはこれで失礼します」

 

 雅はそう言って森田から本を奪い取った。そしてするりと朔真の拘束から抜け出すと、逆にその手を掴み、急いで家を後にする。

 森田は追って来なかった。ただずっと視線は突き刺さっていて、途中ちらりと振り返った家の窓には、こちらを見つめる森田の顔をした誰かが見えた。

 

「松原くん、大丈夫?」

 

 ある程度家から離れたところで立ち止まると、雅はそっと顔を覗き込んできた。心配の色がはっきりと見て取れて、どうにも申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「……大丈夫です。すみません、迷惑かけて」

 

「気にしなくていいよ。無理やりついて来た手前、これくらいはしないと」

 

 そもそも雅がいなければ、幽霊を見ることはあっても死体までは見ていなかった気もするのだが。彼に助けられたことは事実なので、ここは黙って言葉を飲み込んでおく。

 雅はじっと朔真の顔を見つめると、いつになく真剣な顔で言った。

 

「この本図書館に届けたら、今日はもう一緒に帰ろう。さすがに顔色が悪すぎる」

 

「別に、一人で帰れます」

 

「それは僕が心配だから駄目。どうせ隣同士なんだし、たまにはいいじゃない。ね?」

 

「……断らせる気ない癖に」

 

「まあね」

 

 ふっと普段通りの様子に戻り、雅は綺麗に微笑んでみせた。あんなことがあった後だからか、その笑顔だけでひどく安心した自分がいる。その事実を悟られることだけは避けたくて、朔真もまた普段通りを装うように溜め息をついた。

 

◇◇◇

 

 後日、あるニュースが報道された。

 天ヶ咲市内の住宅で、死後数ヶ月が経過した女性の遺体が発見されたというものだ。死亡していたのは森田理絵。家主であり、現在事情を聞いているという女性・森田沙絵の双子の姉だった。

 

(完)


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