黒猫はきみ専用


 生徒相談室の棚には二つのマグカップが置いてある。一つは星座の模様があしらわれたもので、もう一つは黒猫のイラストが描かれたものだ。

 片方は当然、僕が使う愛用品。もう片方は――

 

「伊純、今って大丈夫? ちょっと話し相手になってよ」

 

 そう言いながらドアの隙間から顔を出したのは、同僚であり友人の天音くんだった。ノックの音が聞こえなかった気がするけれど、いつものことだから今さら指摘するだけ無駄だろう。

「大丈夫だよ」

 僕が頷くと天音くんは「よかった」と微笑み、いそいそと部屋の隅に置かれた棚へと向かった。そうして細くしなやかな手を伸ばし、黒猫のマグカップを手に取る。そう、ここに置かれたもう一つのマグカップは彼が持ち込んだものだ。

 

「天音くん、仕事はいいの?」

 

「今日は利用者少ないからね、俺がいなくても平気平気」

 

「つまりサボりと」

 

「人聞きが悪いなぁ! 休憩だよ、休憩」

 

 僕の言葉をそう訂正して、天音くんはティーバッグを物色し始めた。透明なケースで雑に管理しているそれは、以前は僕が適当に買ってきたものしかなかったはずなのに、気付いた時にはずいぶん種類が増えていた。今ではたぶん、5~6種類が常備されているんじゃないだろうか。どれも天音くんが勝手に置いていったものだ。

 いよいよ休憩室にされているなぁとは思うけれど、許容している僕にとやかく言う資格はない。口でこそ仕事の心配をしているが、追い返す気は全くと言っていいほどないのだから。