ふわりとティーポットが宙に浮き、琥珀色の液体がカップ目掛けて流れ落ちる。次いでほのかに甘いミルクが後を追い、表面にマーブル模様が広がった。
ぽちゃん、とそこへスプーンが投げ入れられる。ひとりでに踊り出したそれは、あっという間に表面の模様を台無しにした。
「近くで見ると、やっぱり魔法ってすごいね」
頬杖をつきながら一連の動きを見ていた結羽は、そう言ってこちらへ目を向けた。秋名はすぐさまその視線に気付き、「ありがとう」と笑う。秋名こそ手を触れずにミルクティーを淹れた張本人なわけだが、彼女に褒められるのはいつだって嬉しいものだ。
「練習したら私も使えるようになったりするかな?」
「結羽ちゃん、魔法が使えるようになりたいの?」
「うーん……使えるようになりたいっていうか、1回使ってみたい! って感じ? 秋名さん見てたらなんか気になっちゃって」
えへへ、と結羽が笑う。
その間にもミルクティーを淹れていた道具はふわふわと飛び回り、勝手にキッチンへ戻っていく。なるほど確かに、魔法を使えない自分がこの光景を見ていたら、多少くらいは興味を惹かれていたかもしれない。
でも、彼女は一つ大事なことを忘れている。
「魔法、もう使えてるんだよねぇ……」
「え? 何か言った?」
「結羽ちゃんには魔法使いの素質があるって話」
「ホントに!?」
「本当だよ。だって――ううん、なんでもない」
「えぇ!? それはずるいよ、秋名さん!」
ずるいずるい! と抗議する結羽を適当に受け流し、ふと思い出す。
今から何年も前、まだ二人が幼かった頃。少女の無邪気な笑顔に、ほんの些細な一言に秋名は救われた。あれは紛れもない"魔法"だ。本人にその気はなかっただろうし、ともすればそんなこと言ったっけ? と、首を傾げるかもしれないが。秋名にとって、結羽はあの日から魔法使いになったのだ。
(まあ、魔法使いと言っても僕専用の、だけど)
抗議は諦めたらしい――と言ってもまだ不満げな顔はしている――結羽を見て、思わず笑みが漏れる。ひとまず彼女には、ご機嫌取りのお菓子でも渡しておこう。