魔法をかける小さな手


 数年前のあの日。〈星喰み〉と呼ばれる化け物に襲われてからというもの、三澄白夜は暗闇が嫌いだった。特に細い路地を満たす暗闇は、あの化け物が息を殺して潜んでいるような気がして、正直、前を通り掛かることすら抵抗感がある。今だって新しく家族になってくれた二人がいなければ、往来の真ん中で足を止めていたかもしれない。

 

「白夜、何か嫌なことあった?」

 

「え?」

 

 ぐい、と袖を引っ張られ、白夜はそちらへ視線を落とした。すぐ隣を歩いていたはずの幼い少女――エリスが足を止め、金と銀の大きな瞳でこちらを見上げていた。

 

「嫌なことは別にない、けど。どうして?」

 

「白夜の顔、キュッてなってる」

 

「……キュ?」

 

「うん。こんな感じ!」

 

 そう言いながら、エリスはぎゅっと目を瞑った。力が入りすぎているのか、眉間には僅かにしわが寄って見える。

(……ああ、もしかして)

 そっと自らの額へ手を伸ばし、眉間のあたりに触れてみる。自分ではよくわからないが、恐らく相当難しい顔をしていたのだろう。エリスは様子のおかしい白夜を心配して、あんなことを言い出したのだ。

 

「心配かけてごめん。本当に嫌なことはなかったよ。ただ……暗い場所が、あんまり好きじゃなくて」

 

「怖いの?」

 

「……ちょっとだけ」

 

 プライドも何もなく素直に頷くと、「じゃあ、はい!」と小さな手を差し出された。それからパッと花が咲くような笑顔を向けられ、

 

「エリスが手つないであげる! そうするとね、怖くなくなるんだよ」

 

「手を繋ぐだけで?」

 

「うん! 怖い時もさみしい時も、全然平気になっちゃうの。だから、はい!」

 

 無邪気に差し出される小さな手を、ガラス細工にでも触れるようそっと握った。手のひらからじんわりと伝わる熱に、先ほどまでの恐怖心が薄らいでいくのがわかる。人の体温に触れると安心するのだと、こんなに幼い少女に教えられてしまうとは。

 

「怖くなくなったでしょ?」

 

「……うん。ありがとう、エリス」

 

「えへへ、どういたしまして!」

 

 ぎゅ、と少女が手に力を込めるので。白夜も優しく手を握り返し、二人は街路灯に照らされた通りを歩き始めた。もう一人の家族が待つ家へ向けて。