雪合戦の悲劇


「雪合戦がしたーい!」

 

 そう声高く主張した譲葉に付き合う形で、彼方と遥は図書館裏の空きスペースに来ていた。本当ならもっと広い場所――それこそ入り口前広場を使いたかったのだが、休館日でも返却用ポストは設置されている。うっかり利用者に迷惑をかけようものなら次はないため、わざわざこちらに回って来たのだ。少し手狭な空間ではあるが、障害物になりそうなものが多いという意味では、雪合戦向きの環境かもしれない。

 

「…………三人しかいない」

 

 黒猫から可愛らしい少女に姿を変え、防寒具をめいっぱい着込んだ譲葉が口を尖らせた。その顔はどこからどう見ても「不満で仕方がない!」と訴えている。

 

「雪合戦って、もっと大人数でやるものじゃないの!?」

 

「まあまあ、譲葉落ち着いて」

 

「みんなにもやりたいことはあるのです。無理強いは駄目なのですよ」

 

「それに、三人いれば十分楽しいって! ね?」

 

「うぅ~~~! 二人がそう言うなら、今日のところは諦めてあげるけど!」

 

 頬を膨らませつつもひとまず納得してくれたらしい譲葉に、二人は安堵の息を吐き出した。

 彼方としても、彼女の主張はよくわかる。雪合戦といえばチーム戦、せめて偶数人でやりたかった。しかし館内の知り合いたちの反応は渋いもので、結局全滅してしまったのだから仕方がない。人数が集まらないのなら、三人で楽しめる方法を模索すべきだろう。

 

「ルールはどうする? 三人しかいないから個人戦は決定だけど……」

 

「そもそも、雪合戦にルールってあるのですか?」

 

「わかんない! から、あたし達で適当に決めちゃお。なるべく簡単なのがいいな」

 

 三人で顔を突き合わせ、できるだけ簡単なルールと勝った時の「ご褒美」――負けた人がおすすめのお菓子を献上するという、なんとも可愛らしい景品を決めていく。普段からお菓子のシェアはしているが、それはそれ、これはこれだ。やはり景品があった方がやる気も出る。

 そうして、話し合うこと数分。

 

「それじゃあ、最終確認ね。ルールは雪玉に3回当たったら脱落、最後まで残った人が勝ち! 先に2勝した人が優勝! OK?」

 

「うん!」

 

「バッチリなのです」

 

「よーし! それじゃあ第1回戦、開始!」

 

 楽しそうに宣言し、彼方はぐっと拳を突き上げた。

 それを合図に、三人はバラバラの方向へ走り出した。開始直後にぶつけるのは卑怯だということで、1分経つまで雪玉は投げられないルールにしたのだ。

 彼方はひとまず近くの木陰に身を隠すと、せっせと雪玉を作り始めた。いつ、どこから二人に狙われるかわからない以上、迎撃の準備を整えておいて損はない。もしどちらかを見かけたら、先手必勝で仕掛けるのもありだろう。

 なんて、考えている矢先だった。

 

「ふっふっふー! 先手必勝! 覚悟しろ、彼方ー!」

 

 そう叫びながら譲葉が木々の隙間から飛び出し、抱えていた雪玉を彼方目掛けて放り投げた。

「攻撃仕掛けるの早っ!?」

 思っていたよりも早い襲撃に、身体の反応が追い付かない。腕のあたりで弾けた雪玉を見て、譲葉が満足げに笑う。

 

「ふふーん! 彼方、1アウト!」

 

「く、悔しい……! けど、まだ脱落したわけじゃないからね。譲葉、覚悟しろ!」

 

「へへん、当てられるものなら当てて――うにゃぁ!? か、顔を狙うな――!」

 

「あ。ごめん、手が滑っちゃった」

 

「やられたら、やり返す!」

 

「ええええ!? 待って待って、わざとじゃないんだって!」

 

「勝負には遠慮も容赦も無用! それそれ――!」

 

 その台詞通り、顔面目掛けて次から次へと雪玉が飛んでくる。顔に雪玉が飛んでしまったのは、本当にただの事故なのに! いくら譲葉といえど、女の子の顔を狙うなんて彼方はしたくない。

 しかし誤解は解けぬまま、雪玉は飛来し続ける。堪らず、彼方は太い木の裏側に回り込んだ。

 

「隠れるなんてずるい!」

 

「これが正しい雪合戦だと思うんだけどなぁ!?」

 

 攻撃の勢いが弱まった隙を見計らい、彼方もまた木陰から応戦する。元々猫なだけあって譲葉はすばしっこく、雪玉は掠りもしなかった。けれどそれが楽しくて、二人は夢中になって雪玉を避けては投げ返し続けた。

 ――それゆえに。二人は悲劇の直前まで、ある事実に気付かなかった。

 

「そういえば、遥どこに行ったんだろう?」

 

「言われてみれば、彼方としか戦ってないや。……ハッ! まさか、どっちかがやられるのを隠れて待ってるとか!?」

 

「え? でも、遥ってそういうタイプじゃなくない?」

 

「じゃあ、なんでずっと出てこないの?」

 

「それは本人に聞かないとわかんないよ」

 

 そう、一緒に出てきたはずの遥の姿が先ほどから見えないのだ。

 手を止め周囲を見回してみてもそれらしい影はなく、名前を呼んでも返事はない。開始早々に彼方と譲葉がぶつかったということは、雪合戦を始めた直後から、彼女はどこかに消えてしまったことになる。一体どうしたのかと、二人は顔を見合わせた。

 

「ねえ、ちょっと休戦して遥探さない?」

 

「賛成! 雪玉投げたら反則負けね」

 

「言われなくても投げないよ! ……遥、どうしちゃったのかなぁ」

 

 遥の性格的に無断で部屋に戻ることはないだろうし、逃げた先で誰かに遭遇して話し込んでいるのだろうか? いや、でも、それなら話し声が聞こえてきてもおかしくないはずだ。さすがに静かすぎる。

 二人は友人の行方に首を傾げつつ、ゆっくりと木陰から歩み出た。その時だ。

 

「…………え?」

 

 曇ったわけでもないのに突然視界が暗くなり、間抜けな声が漏れる。何事かと思い視線をあげると、原因は目の前に堂々と存在していた。

 遥である。今まで姿を消していた友人が、身の丈を超える巨大な雪玉を軽々と抱え上げ、そこに立っていたのだ。

 

「何それぇ!?」

 

「そんなのあり!?」

 

 二人は思わず悲鳴を上げた。姿の見えない友人が巨大雪玉を手に待ち構えているだなんて、誰が想像するだろう。

 涼しい顔でそれを掲げる遥――見た目に似合わず馬鹿力の持ち主なのだ――は、じりじりと距離を詰め始めた。それに合わせ、二人の足は少しずつ後ろに下がっていく。

 

「待って、待ってよ遥! まさかそれ投げるつもり!?」

 

「はい。だって、雪玉の大きさに制限はなかったのです」

 

「確かにそうだけど! こんなのが出てくるなんて誰も思わないよ!」

 

「それは二人の想像力不足なのですよ」

 

「うっ……」

 

 正論に何も言い返せなくなる。遥の馬鹿力は二人もよく知っているのだから、ルールを決める段階で、雪玉の大きさに制限を設けるべきだったのだ。もっとも、今さらどうにかなる話でもないのだが。

 

「それでは二人とも、覚悟するのです」

 

「ひっ……」

 

「遥特性超巨大雪玉を食らえー! なのです」

 

「ま、待ってそれはやばいって……!」

 

「せーの」

 

 ひょい、といとも簡単に投げられたそれは。的確に二人の真上へ、文字通り落ちてきた。

「うわあああああああ!?」

 彼方と譲葉の悲痛な叫びが、白い世界にこだました。

 

 

 

 ――結局。巨大雪玉に埋もれた彼方と譲葉は試合続行不能となり、雪合戦は遥の不戦勝となった。彼女の元には後日、景品であるお菓子が献上されたが、渡した二人の顔は恐怖で若干引きつっていたそうな。