僕の通っていた大学には頻繁に猫が出没する。どういう意味合いでそう呼ばれているのかは知らないが、噂によると近辺に猫屋敷なるものがあるそうだから、その影響かもしれない。
ともあれ、いつものように資料を借りに研究室へ顔を出した日のことだ。ちょうど論文が一段落したという智隼くんに誘われ食堂へ向かう道すがら、足元で「にゃあ」と小さな鳴き声が聞こえた。顔を見合わせ、視線を落とした先にはこちらを見上げる猫が1匹。明るい毛色に縞模様の入った、まだ仔猫と呼ぶべき小さな猫だった。
「なんだよ、餌なんか持ってないぞ?」
楽しそうに笑って智隼くんがしゃがみ込む。伸ばした手にするりと擦り寄る仔猫はずいぶん人馴れしているようで、逃げる気配すらない。きっと餌付けしている学生でもいるのだろう。
そういえば丸々と太った猫が構内にいたな……と、思わず周囲を見やると、どこからともなく1匹、また1匹と猫が近寄って来ていた。
「君は本当に猫に好かれますねぇ」
「昔からこの調子なんだよな。餌付けとかしたことないのに」
「太陽か何かと勘違いされてるんじゃないですか?」
「太陽? 俺が?」
きょとんとした様子で智隼くんが僕を見上げる。まあ、突然言われたらこうもなるだろう。
僕は一つ頷くと「太陽というか」と、より正確な言葉で理由を告げた。
「お見舞いに来てくれた時とか特に顕著なんですけど、君ってお日様の匂いがするんですよね」
「お日様」
「はい。空気感と言いますか。君自身が陽だまりになったみたいに、そこにいるだけで妙に暖かくて……何か変なこと言ってます?」
「いや、幸って基本捻くれた言い方する癖に、時々すっげえ可愛いこと口走るよなと思って」
「可愛くありません。適切な言葉を選んだ結果です」
可愛いと言われるのは不愉快でむっとして言い返すが、はいはいと適当に聞き流されて終わってしまった。同調するように猫たちまでにゃあにゃあ鳴くのが気に入らない。
ああ、やっぱり不愉快だ。