#視線


 誰かに見られている気がする。

 高良がその感覚を覚えるようになったのは一週間ほど前。勘違いでなければ、決まって同じ場所を通る時だった。

 一軒家の前である。庭に大きな木がある、塀に囲まれた二階建ての家。そこを通りかかるたび、どこからともなく視線を感じるのだ。

 

(……まただ)

 

 まるで観察でもするような、どろりと纏わりつく視線が気持ち悪い。耐えられなくなって足を止めると、やっぱりあの家の前だった。

 

「高良? どうしたんだ?」

 

「少し前からずっと見られてる気がしてて……隼人は視線、感じたりしない?」

 

「視線ねぇ」

 

 同じく隣で足を止めてくれた同居人は、高良の言葉を確認するようぐるりと周囲を見回した。隼人は人より感覚が鋭いから、もしかすると視線の主に気付けるかもしれない――そう思ったのだが。

 

「いや、別に感じねえけど。高良の気のせいじゃね?」

 

「そう、なのかなぁ……」

 

 隼人の言葉は信じたいが、いまいち釈然としない。何せあの気持ち悪さは未だ全身に絡みつき、視線を向けられている感覚だってある。これを気のせいで済ませられるほど、高良は楽観的な性格をしていなかった。

 だから、つい。隼人に倣うよう視線を巡らせて――彼女を見つけた。

 軽くウェーブのかかった茶髪に青いワンピースを着た女性だ。うつむき加減に窓辺に佇み、例の家の二階からこちらを見下ろしている。前髪が邪魔で目こそ合わないが、あたりに他の人影はない。視線は恐らく彼女のものだろう。

 

「……いた。こっち見てるの、たぶんあの人だ」

 

「マジでいんのかよ。どこだ?」

 

「あそこ。二階の窓」

 

 さすがに指差すのは失礼かと思い、目線だけで隼人を誘導する。追いかけるように金の瞳が窓辺へと移動し、そして。その顔色がサッと変わった。

 

「……帰るぞ、高良」

 

「え?」

 

「いいから!」

 

 隼人は乱暴に高良の手を掴み、足早にその場をあとにした。事情が飲み込めない高良は、手を引かれるままについて行くことしかできない。

 隼人は一体、何を見たというのだろう? 窓辺の女性以外に顔色を変えるほどの何かなんてあっただろうか?

 軽い気持ちで振り返り――高良は後悔した。

 少しずつ遠ざかっていく家の窓辺。そこに佇んでいたはずの女性は眼球のない顔でこちらを見つめ、深淵を思わせる穴から血の涙を流していた。