去年に比べずいぶん暑かった夏が去り、涼しさが心地よくなってきたある日。いつもより少しだけ早く仕事を終えた朔真は、珍しく外出していた雅と合流し、夕飯の買い出しへと向かっていた。
すっかり日が落ちた空は暗く、街灯の間隔が若干広いせいか案外星がよく見える。適当に相槌を打ちながら空を見上げていた朔真は、突然吹き抜けた冷たい風に思わず身を縮こまらせた。こんなに冷え込むなら、もう少し厚着してきてもよかったかもしれない。
「寒……」
「最近、急に寒くなったよね。先週まではそうでもなかったのに」
「本当ですよ。このままじゃ、秋すっ飛ばして冬になるんじゃねえの」
ぶつくさ言いながら、行き慣れたスーパーを目指す。
さて、今日の夕飯は何にしたものか。ちらりと隣に視線をやり、「雅さん、何か食べたいものあります?」と、参考までに聞いてみる。雅は一瞬だけ考える素振りを見せると、ああ、そうだと笑った。
「寒いから、今夜はお鍋がいいな」
「いいですね。けど、ちょうどいい鍋あったかな」
「ああ、それなら僕、大きめの土鍋持ってるから大丈夫だよ」
「そうですか……って、なんで土鍋持ってんだよ」
思わずツッコミを入れてしまった。以前聞いた話では、雅はほとんど自炊しないと言っていた。そんな人がどうして土鍋を持っているんだ。使う機会なんて皆無に等しいだろうに。
当然の疑問に、雅は記憶を辿るように視線を泳がせる。
「何年か前に出版社の忘年会でもらってね。ご存知の通り僕は独り身だし自炊もしないから、ずっと押し入れの奥にしまっていたんだよ」
「ふぅん。じゃあ、まあ、それ借りてやりますか。鍋」
「ふふ、楽しみだなぁ。使うか分からないものでも、案外保管しておくものだね」
いや、土鍋に関しては売るなり実家に持って帰るなりしてよかったのでは? と思ったが、隣人はやけに上機嫌だし、鍋も食べられるので黙っておこう。
言葉の代わりに吐き出した息は、白く色付きながら溶けていった。