繰り返し書き続けた名前を最後にもう一度だけ書き込んで、おれは机に突っ伏した。
目の前には生徒会に回ってきた仕事の山、山、山。かれこれ数時間に渡る戦いは今ようやく終わりを告げた……気がする。たぶん。それなりに片付けてはいるが、ちらほら過去の資料も混ざり込んでいたため、実は見逃していた仕事があっても不思議ではない状況なのだ。まあ、今はその確認をすることすら億劫なのだけれど。
はあ、と伏せったまま長い息を吐き出す。トントン、と叩くように手に何かがぶつかった。
「お疲れさん」
顔を上げると両手にマグカップを持った昶が立っていた。途中から姿が見えないと思ったら飲み物を用意していたらしい。
気が利くな、とは思う。それは認めよう。でも昶の場合、労う以外の余計な目的を持っていることが本当に多い。何度もその餌食になってきたおれの経験談だ。
「ありがと。どちらかと言えば仕事手伝って欲しかったけどな」
「あれくらいなら捺希一人でもいけると思って」
「やりたくなかっただけだろ」
「なんだ、バレてたのか」
「当たり前だろ。何年の付き合いだと思ってんだよ」
文句を言いつつ未だ熱さの残るカップを受け取ると、ここ数年ですっかり馴染んでしまったコーヒーの香りがふわりと鼻孔をくすぐる。ただそれははっきりと甘さも主張していて、思わず眉が寄ったのが自分でもわかった。
一応言っておくが、別にコーヒーの種類に拘りはない。ブラックじゃないと嫌だとは言わないし、甘いのが苦手というわけでもない。ここで問題になるのは「昶がわざわざ甘さを含んだコーヒーを用意したこと」で、幼馴染みとしての勘が嫌な予感を訴えて止まないのだ。
ひとまずカップの中身を覗いてみる。既にミルクが入れてある色味をしていることしかわかりそうにない。
続いて無言のまま昶の方に目を向ける。視線に気付いたあいつはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
断言しよう、確信犯だ。絶対に何かある。
「そんなに警戒しなくても、飲めないことはないと思うぜ?」
おれが口を開く前に昶が先手を打ってきた。やっぱり何かしらはあるんじゃねえか!
声に出して突っ込むだけの元気は残っていなくて、代わりにあからさまなくらい怪訝な視線を送ってみる。昶はニヤニヤと笑うばかりで、それ以上何か言う様子はなかった。
はあ、と先ほどとは違う意味合いの溜め息が漏れる。言い方は若干気になるが、昶の性格からして実際飲めないことはないのだろう。このまま捨てるのはさすがに申し訳ないし、多少味がおかしいくらいなら問題ない……と思いたい。
「飲めそうもない代物だったら一発殴る」
「そこで挑戦するあたり律儀だよな」
「そもそもお前が余計なことしなければよかっただけだろうが」
「はは。それはそうだ」
見守るように隣に腰をおろした昶を横目に口にしたそれは、結論だけ言えば確かに飲めなくはなかった。ただ――
「甘っ!」
甘かった。とにかく甘かった。砂糖とミルクの量がどう考えてもおかしい。適正量を超えている。
「まじで余計なことしたな!? なんだよこれ!」
「何ってほら、疲れた時は甘いものがいいって言うだろ?」
「それにしたって限度があるわ!」
堪らず声を荒げてしまい、どっと疲れが押し寄せてくる。ああ、本当になんてことしてくれるんだ、こいつは!
今日何度目になるかもわからない溜め息をついて再び口に含んだコーヒーは、やっぱり笑えるくらいに甘かった。