眠る君の隣で


「それじゃあ、留守番よろしくね」

 

 そう言って出掛けていった同居人を見送り、高良はすっかり居馴れたリビングへと戻った。

 いつもは賑やかなその場所には雪見しかおらず、キーボードを叩く音だけが聞こえてくる。どうやら仕事を持ち帰って来たらしく、先ほどからずっと問題用紙を作っているようだった。

 邪魔したら悪いなと思い、高良はリビングの隅に移動しようとし――

 

「珍しいな、全員出払うなんて」

 

 仕事をしていたはずの雪見に声をかけられた。

 一瞬だけ悩んだのち、読み途中の漫画を手に取り、くるりと方向を変える。雪見の視線はパソコンに落ちたままだったが、こうして声をかけてくる時、彼は気遣いを必要としていない。しばらく同居していて気が付いたことだ。

 

「それもそうですね。いつも誰かしら残ってるのに。……隣、座っても平気?」

 

「ん? ああ、別学年のだから気にしなくていいぞ」

 

「そっか、よかった」

 

 邪魔にならない程度の距離を置き、雪見の隣に腰掛ける。

 ちらりと画面を盗み見れば、3年生の内容なのだろうか。よくわからない数式が目に飛び込んできて、視線はごく自然に漫画の方へ流れていった。

 

「相模は出掛けなくてよかったのか?」

 

「オレが約束してるの、明日なんですよね。出掛けてた方がよかったですか?」

 

「ああ、いや、そういうつもりで言ったわけじゃない。天気もいいし、写真を撮りに行くのにちょうどいいんじゃないかと思ったんだ」

 

「あー……明日の約束がなければ行ってたんですけどね」

 

 お互いに目を合わせることはせず、ぽつぽつと言葉だけを交わす。しかし元よりお喋りではない二人の口数は次第に減っていき、気付けば紙を捲る小さな音が聞こえるばかりとなっていた。

「……ん?」

 そういえば、少し前からキーボードを叩く音が聞こえないような。

 ちょうど読み終わった漫画を閉じ、雪見の様子を窺う。すると、一体いつからだったのだろう。ソファに深く身を預け、彼は眠っているらしかった。

 

「先生?」

 

 声量を抑えて呼んでみるが、規則的な呼吸音が聞こえてくるだけで目を覚ます気配はない。やはり日頃から疲れが溜まっているのだろう。

 雪見を起こさないようその場を離れ、高良は2階へ向かった。迷った末に自分の部屋から毛布を持ち出し、ついでに漫画の続きも抱えておく。そうして再びリビングまで戻って来ると、こっそり雪見の顔を覗き込んだ。変わらない綺麗な寝顔を見るに、ひとまず起こさずに済んだらしい。

 

「おつかれさま、先生」

 

 無意識に呟き、持ち出した毛布をそっと肩にかけて。先ほどよりほんの少しだけ近くに座り、高良は漫画の続きに目を落とした。