相棒が足りません!


「なんで寮にはこたつがないんだろう」

 

 やけに真剣な声が聞こえ、俺は手元のパソコンから顔を上げた。何事かと思えば、七海が手に乗せたみかんをじっと見つめている。……いや、本当に何事だ?

 おそらく怪訝な顔をしているであろう俺に、七海は「先輩もそう思わない?」と同意を求めた。

 

「は? いや、まあ、こたつがあればいいのにと思ったことはあるけどさ。なんで今なんだよ」

 

「なんでって、こんなに大量のみかんがあるんだよ? こたつ欲しいじゃん! みかんを食べる場所といえばこたつだもん」

 

「ああ、そういうこと」

 

「なんで寮にはこたつがないんだよ~! こたつ欲しいよ~!」

 

 駄々っ子のように騒ぐ七海の横には大量のみかんが積んである。確か昼頃、食堂で段ボールいっぱいのみかんを前に頭を抱えている生徒がいたから、その人から貰ったのだろう。食欲お化けの七海にかかれば一抱えのみかん程度、それこそ朝飯前だ。身体への影響は知らないが。

 ともあれ、どうしてもこたつが欲しいらしい七海は、ついには自力で用意できないかと思案し始めてしまった。

 

「この際、それっぽくなれば机じゃなくてもいいとして……とりあえず毛布かブランケットを用意するでしょ? ヒーターはどうしよう。今すぐ使いたいから何かで代用するしかないけど、何かあったかな。いっそ炎系の能力持ちに協力してもらって――」

 

「それは校則違反な」

 

「わ、わかってるってば! ていうか、話聞いてるなら先輩も考えるの手伝ってよ!」

 

「先輩に対する頼み方じゃねえ。そうだな……湯たんぽとかは駄目なのか?」

 

「妥協案としてはよさそうだけど、ボクそんなの持ってないよ」

 

「だったら捺希のとこ行ってこい。使ってなければ貸してくれるだろうから」

 

「わざわざ持ち込んでるんだ、捺希先輩……」

 

「あいつの寒がりは相当だからな」

 

 今さら湯たんぽを持ち込んでいるくらい、捺希基準じゃ"普通"だろう。これまで何度も見てきた反応に、思わず苦笑いが漏れた。

 一方の七海はしばらく頭を捻っていたが、結局いいアイデアは出なかったようで、

 

「まあでも、そういうことなら捺希先輩のところ行ってみようかな」

 

 と、頷いた。

 かく言う俺も、身近にある暖を取るための道具なんてカイロに湯たんぽ、誰かが持ち込んでいるかもしれない電気カーペットくらいしか思いつかないのだが。我ながら妥当な提案をしたと思う。

 

「よし、そうと決まれば突撃だ~! 先輩、みかん勝手に食べないでね」

 

「へいへい、わかってますよ……って、ちょっと待て!」

 

 善は急げとばかりに部屋を出ていこうとした七海を慌てて引き止める。「急いでるんだから引き止めないで」と表情だけで訴えられるが、こいつは一つ、大事なことを忘れているんじゃなかろうか。それは――

 

「ここ、俺の部屋なんだけど!?」

 

 そう、我が物顔で居座っているが、ここは七海の部屋じゃない。俺の部屋だ。どういう形でこたつを再現するつもりか知らないが、ベッドにみかんを放置していかないで欲しい。ていうか、勝手に人様の部屋にこたつを設置しようとするな。

 俺の真っ当なツッコミに、七海は口を尖らせた。

 

「だって自分の部屋に戻っても一人でつまんないんだもん。先輩、どうせパソコンいじってるだけでしょ? だったら可愛い後輩の話し相手になってよ」

 

「どうせって言うな、どうせって。事実だけど」

 

「事実なら先輩も暇ってことじゃん! 話し相手になるくらいいいでしょ? ね?」

 

 お願い! と、上目遣いで頼まれてしまっては、だんだんこちらが悪いことをしている気分になってくる。七海の外見が完全に美少女のそれなのも大変よろしくない。

 こうなると、俺が折れるのは時間の問題だった。

 

「……付き合ってやるから、ちゃんと撤去して帰れよ」

 

「やった! なんだかんだ言って先輩ちょろ……優しいよね」

 

「おい。今ちょろいって言おうとしただろ?」

 

「気のせい気のせい。それじゃあボク、捺希先輩に湯たんぽ借りてくるね」

 

 今度こそ、鼻歌交じりに七海は部屋を出て行った。

 ぱたん、とドアの閉まる乾いた音を聞いてから盛大な溜め息を吐き出す。いつの間に、俺はこんなにも後輩に甘くなってしまったのだろう。

 

「ま、どうでもいいか」

 

 理由がわかったところで、どうせ何も変わらないのだから。