猫は空翔ける宇宙船に夢を見ない


「実は流れ星は宇宙船でね、中には宇宙人が乗っているんだよ」

 

 突然聞こえてきた言葉に本棚へ向かう足が止まった。

 流れ星が宇宙船? しかも宇宙人が乗っている? こいつは一体何を言っているんだ。

 思わず声のした方を振り返る。穏やかに笑う晴臣が、膝の上で丸くなる黒猫に言ったらしかった。……ついに頭でもおかしくなったのだろうか。

 怪訝な顔で突っ立っていると、視線に気付いた晴臣がひらひらと手を振ってくる。完全に立ち去るタイミングを失って、俺は仕方なしに行き先を変更した。

 

「晴臣、お前何やってんだ? 宇宙人とか聞こえたけど」

 

「ああ、それ? 実は譲葉ちゃんに暇だから面白い話して、って無茶ぶりされちゃってね。ふと思い出したのが今の話なんだ」

 

「ふぅん。最近読んだ小説とか?」

 

「ううん。知り合いの受け売り」

 

「……何をどうしたら流れ星が宇宙船なんて話になるんだ?」

 

「さあ? たぶん今夜は流星群だね、とかそんな話から始まったんじゃない? 口を開けばオカルトの話をしてるような人だから」

 

 どうやら頭がおかしいのは晴臣の知り合いだったらしい。この図書館にも変わり者は数多くいるが、そこに放り込んでも遜色ない――それどころか一際目立ちかねない人だと思った。

「変な人だな」とこっそり呟くと、晴臣は困った風に笑っていた。否定はしないのか。

 

「それにしても、流れ星が宇宙船ねぇ。本当、小説の設定みたいな話だな」

 

「まあね。でも俺は好きだよ、こういうの。譲葉ちゃんが聞きたかった話とは、少し違う気がしてきたけど」

 

「そういやそんな話だったっけ」

 

 すっかり忘れていた。

 本人、もとい本猫の意見が気になって丸まっている黒猫――譲葉の方へ目を向ける。譲葉は考え中のサインとして尻尾を揺らし、やがて小さな手で晴臣の膝を叩いて言った。

 

「意味はよくわかんないけど、もっと聞きたい!」

 

 一応説明しておくと、譲葉はいわゆる化け猫と呼ばれる類の存在だ。流暢に人の言葉を喋るし、気まぐれに人の姿を取ることもある。俺たちはもう慣れたけど、猫の口から少女の声が聞こえてくる様はなかなかインパクトがあるんじゃなかろうか。

 ていうか、今あっさり流しそうになったけど。

 

「さてはお前、話が聞ければ内容はなんでもよかったクチだな?」

 

「うん」

 

「ちょっと、譲葉ちゃん!? それはないんじゃないかなぁ!」

 

「えー! だって、どうせ聞くなら面白いお話の方がよかったんだもん」

 

「気持ちはわかるけど。急に面白い話して! って言われても、そう簡単には出てこないからね?」

 

「そうなの? 雪斗」

 

「いや、なんで俺に振るんだよ。知らねえよ」

 

 たぶん晴臣の言う通りだと思うけど、嫌な予感とでも言うのだろうか。なんとなく頷いたらいけない気がして適当にあしらった。まあ、実際は返事をした時点で駄目だったわけだが。

 

「……あ! いいこと思いついちゃった!」

 

「うわ、聞きたくねえ」

 

「雪斗も何かお話すればいいんだよ。晴臣の言う通りなら、雪斗は面白い話ができないはず!」

 

「さらっと失礼なこと言ってんじゃねえ! しかも完全に話の内容どうでもよくなってるだろ!?」

 

「うん!」

 

 いい笑顔で頷かないで欲しい。だんだん頭が痛くなってきた。

 大きな溜め息をついて頭を抱える俺を「どうしたの? 大丈夫?」と、譲葉が不思議そうに見上げてくる。なんだか突っ込むのも阿呆らしくなって「お前のせいだよ」と力なく返せば、「なんのこと?」とでも言わんばかりに首を傾げられてしまった。

 

「災難だねぇ、しらゆきくん」

 

「とんだ巻き込み事故だっての」

 

「それはごめん。でも俺も、しらゆきくんの話には興味あるかも」

 

「お前なぁ……」

 

 のんきに笑う晴臣に一瞬だけ恨めしげな視線を投げて、俺は渋々近くの椅子に腰をおろした。本当なら何も言わずに立ち去りたいところだったが、そうした瞬間、譲葉が飛びついて来そうに見えたから諦めた。こんな下らない理由で怪我をするくらいなら――一応爪は切られているが、譲葉は力加減というものを知らないのだ――無茶ぶりに付き合った方がまだマシだ。幸い、話の内容は二の次みたいだからどうとでもなるだろう。

 しかし、一体何を話したものか。

 もう一度溜め息をついて考える。暇だし今日は適当な本でも読もうと思っていたが、この調子だととことんこいつらに付き合うことになりそうだ。