「そういえば亜季くん。鏡は異界への入り口だ――という話は知っているかい?」
雨上がりの帰り道。役目を終えた傘を杖みたいにつきながら、弓弦さんが問うてくる。あまりにも脈絡がなさすぎて、怪訝な顔をしているのが自分でもわかった。
「すごい顔だね」
「あんたが変なこと言い出すからだろ。なんで急に異界の入り口なんて話になるんですか」
「水溜まりを見ていたら、ふと思い出してしまってね」
その言葉に釣られるよう足元を見れば、先ほどまで雨が降っていた痕跡が確かにあった。僅かに覗く日差しと合わさって、表面には俺たちの姿が映り込んでいる。それこそまさに、弓弦さんが言い出した「鏡」のように。
――鏡が異界への入り口なのだとしたら、同じく姿を映す水溜まりはどうなのだろう?
おそらく彼が言わんとすることを察してしまったが、できることなら気付きたくなかった。何せ今は雨上がり、そこら中に水溜まりができている。本当に異界に繋がっているとは微塵も思っていないが、心情的に避けたくはなる。
ほとんど無意識にそれらから距離を取ると、弓弦さんは小さな声をあげて笑っていた。