連日の悪天候から一転、今日の稲守は清々しいほどの晴天だった。
低い稜線の向こうから覗く太陽が田舎町を照らし、雪で反射した光が世界をキラキラと輝かせる。そのあまりの眩しさに、棗は思わず目の前へ手をかざした。
これは、ずっと厚い雲の向こうへ追いやられていた太陽の腹いせか何かだろうか。
「さすがに天気回復しすぎじゃない?」
「ずっと雪が降ってたなんて信じられない天気だよね」
「本当にね。まあ、しばらくは晴れてくれなきゃ困るけど。でないと雪、溶けないし」
「天気予報でもしばらくは晴れるって言ってたし、きっとすぐに溶けるよ」
ガラクタ置き場からなんとかブローチを回収した、その後。
棗と響也でブローチを届けると、雪女はたいそう驚いた様子でそれを受け取った。本人ですらいつ、どこでなくしたのかわからなかったそれを、まさか本当に探し出せるとは思っていなかったらしい。もっとも木から落ちた挙句、受け止めようとした響也共々雪に突っ込んだ二人の惨状――たぶん二人とも相当疲れた顔をしていたと思う――も大いに彼女を驚かせたとは思うが。
ともあれ、無事に宝物を取り戻した雪女は、「ありがとうございます」と何度も繰り返しながら頭をさげた。その目には相変わらず涙が浮かんでいたが、それが悲しみからくるものではなく嬉し涙であることは明らかで。
この日を境に、稲守は連日の雪から解放された。
しかし、未だ町のあちこちには大量の雪が残されている。これがすべて溶けた時こそ、稲守に本当の日常が戻ってくるのだろう。
「そういえば、雪女にはまた会いに行くの?」
隣を歩く祈が、まっさらな雪に最初の足跡を残しながら尋ねてくる。
「雪が溶けたら行くつもりではいるよ。銀華さまにも様子見てきてって頼まれてるし。祈ちゃんも行く?」
「うん! どんな人か気になってたんだよね。聞いてみたいこともあるし」
「聞いてみたいこと?」
「夏の間、雪女はどうしてるのかな? とか」
「確かにそれは気になるかも」
「でしょでしょ? せっかくだし、色んなお話聞きたいな」
にこにこと楽しそうに祈が笑うので、自然と棗の顔も綻んでしまう。本来の目的は力を使いすぎた雪女の経過観察ではあるが、これくらいの楽しみはあってもいいだろう。
――雪、早く溶けないかな。
どちらともない呟きが、朝の凛とした空気に溶けて消えた。
◇◇◇
余談だが、さすがに無理難題を押し付けた自覚はあるのか、後日銀華から支払われた報酬は普段に比べると破格の額になった。
とはいえ必要なお金以外は堅実に貯金するのがあやかし相談所、ひいては秋ノ瀬家のルールだ。棗たちにもたらされた目に見える報酬は、翌日の少し豪華な夕飯だけだった。
(完)