「で、雪女の話はどうじゃった?」
〈凍り岩〉を後にし、自宅へと戻った棗と響也を出迎えた言葉である。
夕飯の用意をしていたらしい祈が「あ、おかえりー」と笑っているが、この状況ではそれへの返事もままならない。というより、祈はなぜ当然のように彼女の存在を受け入れているのだろう。
「なんでいるんですか!?」
堪らずツッコミを入れたのは棗か、それとも響也か。あるいは声を揃えて発せられたそれに、突っ込まれた張本人――銀華はむ、と頬を膨らませた。
「わざわざ妾の元を訪れるのは寒いかと思って来てやったのに、なんじゃその言い草は! 感謝せい!」
「え……っと、ありがとうございます?」
「うむ。それで良い。で、どうじゃった?」
困惑しつつも礼を言う響也に満足げに頷いて、銀華は改めて尋ねた。もしかすると棗たちへの配慮はついでで、調査結果が気になっていたのかもしれない。指摘してもロクなことにならないため絶対口にはしないが。
コートを脱ぎ、我が物顔でテーブルにつく銀華の正面に座った響也は首を振った。
「いえ、駄目ですね。心当たりはないそうです」
「そうか。一応確認するが、雪女の言葉は信じていいんじゃな?」
「僕は信じていいと思いますよ」
「棗は?」
「おれも信じていいと思います。とても嘘をつくような子には見えなかったし……それに、あんな女の子に雪を降らせ続けるだけの力があるとも思えなくて」
あやかしを外見で判断するべきではない。それくらい棗にもわかっている。幼い姿をしていても強い力を持つあやかしに出会ったこともあるし、銀華だって黙っていればただの美女だが実際は土地神だ。外見は本当にあてにならない。
それでも、外見という情報はイメージに多大な影響を与えるものだ。どう見ても同い年程度にしか見えない雪女が強い力を持っているなど、棗自身の目で見なければ信じられそうにない。
棗の言い分に、しかし銀華は予想外の部分へ反応を示した。
「……ん? 女の子? 雪女のことを言っておるのか?」
「え? そうですけど……雪女って、おれと同い年くらいの女の子ですよね?」
「いや。妾も地区内のあやかしに話を聞いただけじゃが、誰もそんな小娘だとは言っておらんかったぞ?」
一体どういうことだろうか?
棗たちの見た雪女は確かに少女の姿をしていたが、あやかしたちの証言によれば、あの場にいるのは大人の雪女らしい。一瞬、雪女が二人存在するのかと思ったが、彼女は「この辺りに雪女は自分しかいない」と言っていた。彼女が嘘をついているとは思えない以上、そこから導き出される答えは――
「ほかに変ったことはなかったか?」
思考を遮るように銀華が尋ねてくる。
果たしてあれを変わったことと言っていいのかわからないが、気になることなら一つだけあった。一目見た時から頭を離れない、瞳からこぼれ落ちる小さな雫。
「変わったことというより、気になることですけど」と前置きし、棗はそれを伝えた。
「泣いてました」
「泣いていた? 雪女が?」
「はい。宝物のブローチをなくしたとかなんとか」
「…………」
「銀華さま?」
すっかり思考の海に飛び込んでしまった銀華は、いくら名前を呼んでも返事をしなかった。この様子では棗の声だけではなく、点けっぱなしにされているテレビの音も聞こえていないだろう。こうなっては、彼女の意識が現実に戻ってくるのを待つしかない。
手持無沙汰に待ち続け、テレビから流れるニュースの内容が変わる頃だ。
「そのブローチとやら、探してみるか」
どんな答えに辿り着いたのか、銀華がぽつりと提案した。
銀華のことだから今回の依頼に何かしら関係あるのだろうが、関連性がいまいち見えてこない。そしてそれは響也も同じだったようで、横目に見た表情は困惑を隠しきれていなかった。
「急にどうしたんですか? ブローチを探すだなんて」
「確証があるわけではないが、それで雪が止む可能性がある。――おぬしら、〈凍り岩〉の伝承は知っておるか?」
「……いえ。どうして〈凍り岩〉が凍ったのか、みたいな話があったような気はしますけど」
「まさにその話じゃ。その程度しか知らぬのなら、簡単に説明してやろう」
そう言って、銀華は〈凍り岩〉の伝承について語り始めた。