雪が降った。
寒さが身に染みる、1月も終わりに近付いた日のことだった。
「……あ! 雪降ってきたよ!」
毛布をかぶって窓に張り付き、空を見上げていた同居人の少女――祈が声をあげる。
こたつの魔力に抗って少女の隣に並ぶと、窓越しの冷気に出迎えられた。思わず身震いしつつ見上げた空には重たい灰色の雲が広がっており、白い雪がはらはらと目の前を通り過ぎていった。
「どうりで寒いと思った。あんまり積もらなければいいけど」
「一応、雪掻き用のスコップ出しておいた方がいいかな? うちの物置き、雪が積もると開けられなくなっちゃうし」
「それならおれが取って来るよ」
「いいの? ありがとう、棗くん」
ほんの数分とはいえ、雪が降る中コートも着ずに外へ出られるほど寒さに強くはない。
棗と呼ばれた少年は一度自室に戻り、コートに袖を通してから改めて玄関を開けた。瞬間、窓越しとは比べ物にならない冷気が頬を撫でる。堪らず「寒……」と漏らし、棗は庭の隅に鎮座する物置きへ足を向けた。
この家の物置きは端的に言ってボロい。建付けが悪いのか、開けようとするたびに戸がガタガタと騒ぎ立てるのだ。
今日も変わらず騒々しい戸をこじ開けて、棗は大量の段ボール箱で奥に追いやられたスコップを掘り返しにかかった。その間にも、勢いを増し始めた雪が剝き出しの地面に溶けていく。
「……これは、出しに来て正解だったな」
ぽつりと呟いて、白い息を吐き出す。
スコップを引っ張り出す頃には、コートに白いまだら模様ができあがっていた。それをはたき落としながら見上げた空は、次から次へと雪を送り出している。この調子だと、当分止むことはないだろう。せめて明日の朝、起きるまでには止んでくれたらいいのだが。
びゅうと吹き抜けた風に震え上がり、棗は急いで庭を後にした。
――それから1週間。雪は未だ、連日のように降り続いている。
「いつになったら止むのかなぁ……」
学校からの帰り道、隣を歩く祈が溜め息混じりにぼやいた。
降り出した当初はどこか嬉しそうな顔をしていたのに、まさかここまでの事態になるとは思っていなかったのだろう。その目は今や、憎らしげに雪を見つめている。
だが、それも当然だろう。
かろうじて歩ける分だけ除雪された道、真っ白に染まった田畑、そして屋根の上にこんもりと雪の塊が乗る光景。それらは普段の生活ではまず見られないものであり、何かと不便が多すぎた。棗自身、ここ数日でどれだけ文句を漏らしたかわかったものではない。
「異常気象、なのかな。ここってこんなに雪が降る地域じゃないよね?」
「うん。小さい頃からこの辺で暮らしてるけど、記憶にないもん」
「だよなぁ。本当、どうなってるんだろう」
再び雪が勢いを持ち始めたこともあり、二人で慎重に家路を急ぐ。日々の通学もあり、雪道を歩くことには慣れつつあった。
視界にその人が映ったのは、自宅前を走る緩やかな坂道の途中だった。
「……あれ? 銀華さま?」
彼女は自宅の玄関前に立っていた。雪の中でもきらきらと輝く長い銀髪に、大胆なスリットが入った色鮮やかな改造和服を身に纏った美女だ。
名前を体現したような女性――銀華は二人の姿に気が付くと、ひらりと長い袖を揺らした。
「おお、二人とも良いところに帰ってきた! 響也はおるか?」
「急用でも入ってなければいると思いますけど……何か用事でも?」
「うむ。よくぞ聞いてくれた」
銀華が得意気に笑う。それだけで大方の予想はついたが、先に言ってしまうと後が面倒になることはこの1年の付き合いで嫌というほど学んできた。無闇に機嫌を損ね、小言をもらいにいく必要はあるまい。
二人が黙って続きを促すと、銀華はにこやかに、予想通りの言葉を口にした。
「喜べ、依頼を持ってきてやったぞ!」