入院生活は退屈との戦いだ。
次回作の構想を練ろうにも資料が手元になくては捗らないし、誰かと話そうにも相手になってくれそう――より正確には幸が話したいと思う入院患者がいない。知り合いが見舞いに来ている日ならまだしも、普段の環境下では、精々持ち込んだ本を捲るくらいしかやることがないのが現状だ。
この日も幸は仕方なしに本へと手を伸ばし――それを掴む前に動きを止めた。
「おはよう、幸くん。暇かと思って遊びにに来たよ」
「暇なのはあなたの方でしょう? ていうか、入ってくるならノックくらいしてください」
ノックもなしに入ってきた人物に、幸は溜め息をついた。
数日前から入院しているという同年代の青年だ。どうやら左目を怪我しているようで、新緑を思わせる鮮やかな瞳は眼帯で隠されている。名前は確か、朝比奈八尋と言っただろうか。
「そんなこと言って、幸くんだって退屈してるんじゃないの? 僕なんて入院して数日しか経ってないけど、暇すぎて死にそうだよ」
「それはあなたの性格の問題では? まあ、退屈なのは否定しませんけど」
「基本安静にしてなきゃいけないから、やれることないもんねぇ。ああ、でも敷地広いし、散歩に出られるだけマシなのかな」
ベッドの脇に置かれた椅子に座り、八尋は窓の外へ視線をやった。きっと病棟の裏に広がる庭でも見ているのだろう。
「幸くんはここの庭、歩いたことある? 何か面白いものあったりしない?」
「病院に何を求めてるんですか。ごく普通の庭ですよ」
「いい暇潰し場所でもあればなぁ、と思ったんだけど。残念。どっちかが退院するまで、幸くんに話し相手になってもらうしかないね」
「…………はい?」
「だから、話し相手。どうせ暇だしいいでしょ?」
しれっと言ってのける八尋に、幸は思い切り顔をしかめた。暇なのは確かだが、他人の予定を勝手に決めないで欲しい。
……まあ、退屈には勝てないし、結局話し相手になってしまうのだろうけど。
そんな嫌そうな顔しなくていいのに! と騒ぐ八尋から目を逸らし、幸はこっそり息を吐き出した。