怪物の眠る部屋


「エリオットさん、掃除終わりましたよ」

 

 頼まれていた仕事を終え、ニーナは雇い主の仕事部屋を兼任するリビングへと顔を出した。

 掃除したばかりの室内は綺麗に片付いており、窓から差し込む光が少しだけ眩しい。外観はともかく、この室内を見ていると、とても幽霊屋敷と呼ばれている風には見えなかった。まあ、そうなるよう徹底的に掃除したのはニーナ自身なのだが。

 ティーカップ片手に何かを読んでいた雇い主――エリオットは、少女の呼びかけに応じて顔をあげた。

 

「ありがとう。ニーナは仕事が早いね」

 

「家事は得意なので! なんでも任せてください」

 

「ふふ、それは頼もしい」

 

 ふわりと笑うエリオットに、思わずドキリとしてしまう。雇われてそれなりに経つが、この顔にだけは当分慣れる気がしない。

 きらきらと光を反射する金髪に、宝石のように色鮮やかな翡翠色の瞳。鼻筋もスッと通ったエリオットは、俗に言うイケメンというやつだ。より正確には美人と言った方が正しい気もするが、ともかく。ニーナの知る誰よりも顔が整った目の前の男は、ちょっとした日常の動作すら異様なほど様になる。家族以外の男性と関わることなんてなかったニーナにとって、彼の笑顔は毒も同然だった。

 何度か深呼吸を繰り返し、平常心を取り戻そうと試みる。しかしどうにもならなくて、ニーナはそれを誤魔化すよう、ずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「ほ、他に掃除しておく部屋ってありますか? あの部屋とか、私が来てから一度も掃除していない気がするんですけど」

 

 そう言って指差したのは固く閉じられた扉だ。この家で雇われて以来、ニーナが一度も立ち入ったことのない部屋。もしかすると、扉が開いているところすら見たことがないかもしれない。

 だから単純に、埃が溜まっているんじゃないかと思ったのだが。

 

「ん? ああ、あの部屋はいいよ。危ないからね」

 

 と、エリオットは首を振った。

 

「危ない、ですか。ものがたくさん積んであるとか?」

 

「いや。あの部屋には怪物が眠っているんだよ」

 

「か、怪物……!?」

 

「そう、怪物。迂闊に入ったら食べられちゃうかもしれないよ」

 

 ぎょっとして後ずさるニーナに、エリオットは楽しそうに目を細めた。その表情を見るに冗談を言って揶揄っただけ……だとは思うのだが。声音からそういった雰囲気は感じ取れず、本気で言っているようにも思えてしまう。なまじ幽霊屋敷などと呼ばれているせいで「嘘だ」と言い切れないのもニーナの判断を迷わせた。

 

「まあ、そういうわけだから。あの部屋の掃除はしなくていいよ」

 

「……そうですか。わかりました」

 

 あの部屋には本当に怪物が眠っているのか、それともそこまでして隠したい何かがあるのか。正直、気にならないと言えば嘘になる。だが雇い主が掃除をしなくていい――つまりあの部屋に立ち入るなと言うのなら、メイドであるニーナはそれに従うしかない。この家で働いている以上、エリオットの言葉は絶対だ。

 後ろ髪を引かれる思いで例の扉を見つめていると、カタン、と小さな物音が聞こえた気がした。