少女の微笑み


『怪盗ファントム、次なるターゲットは資産家のアンティーク人形か!?』

 

 ネットニュースに並ぶその見出しを見た瞬間、望月蛍は手に持っていたスマホを放り投げそうになった。

 待て、落ち着くんだ。見間違いかもしれないだろう? そう自分に言い聞かせ、なんとか衝動を抑える。こんな理由でスマホを壊した日には、相棒になんて言われることか。

 深呼吸を繰り返し、「ほら、やっぱりな」と笑うつもりで再びニュースサイトを開いた。見出しは変わっていなかった。

 

「なんだよコレ!?」

 

 思わず叫び、蛍は食い入るように記事を読み進めた。

 内容はおおよそ見出しの通り。巷を騒がせる"ファントム"を名乗る怪盗が新しい予告状を出した。ターゲットはとある資産家が保有するアンティーク人形、犯行時刻は3日後の夜9時を指定しているそうだ。

 一般人にしてみればちょっとしたエンターテインメント――日常を彩る非日常として、それなりに興味を惹かれる内容だろう。実際、PV数まではわからないがコメント欄はそれなりに賑わっており、そのほとんどが3日後の一幕を期待する声のようだった。

 

「どいつもこいつも節穴だらけなのが余計腹立つ……っ」

 

 一通り記事を読み終えた蛍はそう吠えて、相棒がいるであろうリビングへ繋がるドアを勢いよく開けた。相棒はきっと眉をひそめているのだろうが、そんなこと今はどうだっていい。

 蛍は例のニュースを画面に表示して、相棒の男――十六夜灯に詰め寄った。

 

「灯ちゃん! このニュース見た!?」

 

「見た。その様子だと、お前が勝手に出したわけじゃなさそうだな」

 

「当たり前だろ! オレがそんなことしないってことは、灯ちゃんが一番よく知ってるくせに」

 

「念のため聞いただけだよ」

 

「ならいいけどさぁ」

 

 不満げに口を尖らせつつ、蛍はいつもの定位置である灯の正面に腰掛けた。今はとにかく、自分たちの名を騙る犯人を突き止めることが最優先だ。このまま偽物を野放しにして、怪盗ファントムという存在を貶められては仕事にまで支障が出てしまう。

 二人の仕事は上司の指示に従って、〈曰く憑き〉と呼ばれる怪現象を引き起こすアイテムを収集すること。すなわち、世間的に正体不明とされている怪盗ファントムこそが二人の仕事だった。

 

「今回の件、灯ちゃんは無関係だとして……上が勝手に出した可能性ってあんの?」

 

「いや、ないと思う。上は基本的にターゲットの指定しかしてこないからな」

 

「だよなぁ……となると、やっぱり誰かがオレたちに成りすまして予告状を出したわけか」

 

 でも、一体なんのために? 蛍は首を傾げた。

 ファントムの名を騙れば、今回のように記事になる可能性は限りなく高い。当然人目は増えるし、警備だって強化される。犯人がアンティーク人形を狙っているのなら、逆効果にしかならないだろう。単なる嫌がらせ――予告状だけ出してファントムが現れない状況を作るにしても、記事のことがある以上うまいやり方ではない。そもそも、本物だと思い込ませるレベルの予告状を嫌がらせのためだけに作るだなんて、手が込みすぎではないだろうか。

 

「……まさか、オレたちに気付いて欲しかった?」

 

 そう考えれば合点がいく。しかし、今度こそ理由がわからない。偽予告を出すことでアンティーク人形を盗まざるを得ない状況を作ったとして、その先は? まさか警察から逃げ続けている怪盗を相手に、獲物の横取りなんて考えないだろう。そうなると、人形を盗ませること自体に意味がある? それこそどうして?

 

「ああああ! 駄目だ、全然わかんねえ!」

 

 頭を抱え、蛍はテーブルに突っ伏した。

 犯人が何をしたいのか全くわからなかった。いっそ直接事情を聞けたら楽なのに、予告状をここまで綺麗に模倣するような相手が痕跡を残すことはしないだろう。かと言って事情もわからないまま人形を盗みたくはないし、予告を撤回することもプライドが許さない。完全に手詰まりだった。

 

「灯ちゃん、どうする?」

 

 相棒になら何か策があるかもしれない。そんな気持ちで視線を向ける。しかし眼鏡の向こうで伏せられた赤い瞳を見るに、どうやら結論は蛍と変わらないらしい。灯は一つ溜め息をつくと、ゆるりと首を振った。

 

「予告を撤回するわけにもいかないし、上に事情を伝えて決行するしかないだろうな」

 

「何もわからないのに?」

 

「わからないなら調べればいい。たとえ予告状に犯人の痕跡が残っていなくても、人形そのものが持つ逸話や経歴、かつての所有者に関する情報はそう簡単に隠せない。それに、現所有者である資産家にも少し気になる点がある。ヒントが見つかる保証はないが、調べてみる価値はあるはずだ」

 

「なるほど、さすが灯ちゃん」

 

 やっぱり頼りになる相棒だ。数分前の不満はどこへやら。一転して満足げに頷いた蛍は、時間が惜しいと言わんばかりに立ち上がった。

 

「んじゃ、さっさと行こうぜ! 犯人探しに下見、逃走ルートの選定まで、オレたちには仕事が山ほどある」

 

「ああ、そうだな」

 

 まずは上司に事情を話し、あらゆる情報を集めるところからだ。

 続いて立ち上がった灯と連れ立って、蛍は自宅を後にした。