寒がりな幼馴染み


 冬の美潮町は寒い。

 夏でも比較的涼しい海沿いの町ではあるが、時折吹き抜ける海風は冬になるとその凶暴さに磨きがかかるのだ。俺はそこまで寒がりではないが、幼馴染みが「殺人的だ」と評する気持ちはわからなくもない。

 

「げ、まだ誰も来てねえ」

 

 朝から例の殺人的な海風が吹いていたある日の放課後。件の幼馴染みこと捺希は、薄暗い生徒会室を見てあからさまに苦い顔をした。

 俺たちの方が先に生徒会室に着くことは別に珍しくもなんともない。全体の割合で見たらむしろ多いくらいだろう。だったらなんでこいつは苦い顔をしているのか? 理由は簡単、寒いからだ。

 きっと冷え切っているであろう手で鍵を開け、捺希は一目散に暖房をつけて回った。

 

 俺の幼馴染みは極度の寒がりだ。室内に入ってもコートを脱がないどころか、ご丁寧に厚手のブランケットまで自宅から持ち込んでいる。俺はすっかり見慣れているが、数ヶ月前にはじめてその様を目撃した後輩たちの困惑は記憶に新しい。まあ、暖房が効き始めてもこの調子なんだから当然の反応だとは思うが。

 見かねた顧問がどこかから運んできた古ぼけたストーブの前に陣取って、捺希は両手を暖めるよう息を吐き出した。もちろん今日もコートは着たままだ。

 

「お前が寒がりなのは知ってるけど、そんなに寒いか?」

 

「寒い。おれとお前じゃ身体のつくりが違うんだよ」

 

「ああ……確かにお前、運動苦手だもんな」

 

「今はそれ関係ないだろ!?」

 

「あるある」

 

「いや、ないだろ。適当な返事してんじゃねえ」

 

 呆れたような捺希の視線は適当に受け流し、定位置の椅子にコートを引っ掛けてから生徒会室の奥へ向かう。

 我らが美潮第二高校の生徒会室には、なぜか小さな給湯室が併設されている。噂によると以前行われた補強工事の際、当時の生徒会役員たちが教師陣に掛け合って増設してもらったらしい。今はもうほとんど使われていない旧校舎だからこそ許された、とんだ荒業だと思う。ていうか、生徒会ってそんなに権力あったのか?

 色々と疑問はあるが、せっかくあるものは使わなきゃもったいない。飲み物を用意すべく、俺たちはいつも顔も知らない先代の努力の結晶をありがたく拝借する。

 

「最近思うんだが、なんで生徒会長の俺がこんなことしなきゃいけねえんだ?」

 

 お湯が沸くのを待ちながら、ストーブの前から動く気配のない捺希に愚痴をこぼす。

 別に生徒会長だから偉いとは思っていないし、お茶汲みをやりたくないって話でもない。まあ、やらないで済むならそれに越したことはないが。これはあくまでも、名目上一番仕事が多いやつに雑務までやらせるのはどうかと思うって訴えだ。

 

「は? 大体いつも歩幸かおれがやってんだから、たまにやるくらい文句言うなよ」

 

「二人には感謝してるよ。けどお前、この時期は使い物にならねえだろ」

 

「悪かったな、ポンコツで」

 

「いっそ庶務でも募集するか」

 

「庶務の募集ねえ……まあ、悪くはないんじゃないか?」

 

「なんだ、珍しく意見一致してるじゃん。てっきり拒否されるかと思ってた」

 

「うちには無駄に仕事を増やすやつしかいないからな。人手が欲しい」

 

 いやに切実な声だった。そしてたぶん、仕事を増やすやつには俺も含まれている気がする。大変不服ではあるが、困ったことに心当たりがないわけでもない。他のやつらに比べたら可愛いものだとは思うが、まあ、捺希にとっては大差ないのだろう。

 余計な小言を貰いたくはないので「先生に掛け合ってみるか」とだけ返し、給湯室に引っ込んだ。

 

 お湯が沸いていたので四人分のマグカップを並べ、そういえば後輩たちはまだ来ないのか? と手を止める。しかし外が妙に騒がしいことに気が付いて、そのまま各人の好みに合わせて中身を注いでしまった。あの声は間違いなく待っている後輩たちのものだ。

 実際、1分と経たずに「外寒いよー!」と叫びながらドアが開かれた。どうやら俺たちが歩いていた時より風が強くなっているようで、入ってきた後輩二人の鼻先はずいぶん赤くなってしまっている。季節外れのトナカイみたいで思わず笑みが浮かぶのと、捺希が「寒いからドア閉めてくれ」と言い出すのはほとんど同時だった。