頬に触れる空気の冷たさで目が覚めた。
「さむ……」と思わず呟いて、手探りで枕元に置いたスマホの画面を点ける。ぱっと灯った画面のあまりの眩しさに目を細め、ぼんやり確認した時刻は深夜2時。完全に真夜中だった。
いくら明日が休日とはいえ、起きるにはまだまだ早すぎる。
頭から布団をかぶり、どうにか二度寝を試みた。けれど部屋が寒すぎるのか、なかなか寝付けそうにない。
「……どうしようかなぁ」
このまま布団にこもっていれば、そのうち寝付けはするのだろう。それでも一度意識してしまった寒さは確実に熱を奪っていて、手と足が指先から少しずつ冷えていく。これに耐えながら寝落ちするのを待つくらいなら、一旦暖を取りにいった方が賢明な気がする。
よし、何か温かい飲み物でも用意しよう。
そう決めるや否や、オレはのそのそと起きあがって上着を羽織った。
星降荘に入居している人たちの自室は2階にまとまっている。それに伴い共有スペースは全部1階に集まっていて、キッチンも当然、1階にある。
「あれ? 誰か起きてる……?」
ひとまず1階へ降りようと階段まで来ると、階下に明かりが灯っていた。こんな真夜中に誰だろう。社さんの作業がひと段落したのかな?
疑問に思いつつ階段を降りると、起きていたのは社さんじゃなかった。
「……八尋さん?」
ぽつりと名前を呼ぶ。振り向いたその人――八尋さんは、オレが起きてくるとは思っていなかったのか、何度か目を瞬かせた。
「あれ、高良くん? どうしたの、こんな時間に」
「それが寒さで目が覚めちゃって。そういう八尋さんこそ、どうしたんですか?」
「僕も寒さに負けちゃってね、ここはホットミルクでも作ろうかなと。高良くんもいる?」
「うん。お願いします」
素直に頷くと、八尋さんは慣れた手つきで材料を用意し始めた。今日みたいに寒さに負けてホットミルクを作る日は、案外よくあるのかもしれない。
「最近急に寒くなったよね」「眠気は大丈夫?」などと話しつつ、マグカップに牛乳と砂糖を入れて電子レンジへセットする。時間を設定してボタンを押したところで、八尋さんは突然「そうだ!」と声をあげた。
「……どうしたんですか?」
正直、嫌な予感しかしない。それでも無視するわけにはいかないので渋々尋ねると、八尋さんはさも名案だと言わんばかりに提案した。
「高良くん、一緒に寝よう!」
「うわ、やっぱり。絶対に嫌です」
「そんなに嫌がらなくてもいいと思うんだけど!?」
「だって八尋さんと寝ると抱き枕にされて潰されるし……」
「それはほら、高良くんってちょうどいいサイズ感だから。つい」
「つい、で潰される身にもなってくださいよ!」
暖かいのは認めるけど、目を覚ました時のなんとも言えない息苦しさと気恥ずかしさはやっぱり強い。それに比べたら寒さに耐える方がまだマシだ。……と、思いはするけれど。それがまた幸せなのも事実なわけで。
「明日は事務所も開けないし、一緒なら暖かいまま好きなだけ寝てられるよ?」
「うっ……」
呻き声に合わせて電子音が鳴る。取り出された温かいマグカップも、ふわりと鼻をくすぐる甘いにおいも、今は全部が八尋さんの味方だ。
「……起きるまで一緒にいてくれるんですよね?」
「もちろん。先に起きて部屋に置いていくことはしないから、安心していいよ」
「べ、別にそういう心配してるわけじゃ……」
「そう? 高良くん寂しがり屋だし、気にしてるのかと思ったんだけど」
「……っ! 八尋さんのそういうところ、好きじゃないです」
ふい、と顔を背けると、くつくつと笑う小さな声が聞こえた。あれだけ寒かったのに、今となっては顔だけすっかり熱を持っている。
膨れたまま飲んだホットミルクは、思っていたより甘かった。