変態と紙一重の熱意


「こ、これは……!」

 

 3日後から開催されるゲーム内イベントの告知を見て、私は危うくマグカップを取り落としそうになった。あ、危ない……中身が半分くらいまで減っていなければ、キーボードの上にぶちまけていたかもしれない。そんなことになったら大惨事だ。

 私は安堵の息を吐き出して、カップを机に置いてから改めて告知に目を通した。

 

 私たちがいつも遊んでいるオンラインゲーム――《幻想記》では、定期的にイベントが開催されている。個人単位のものから全ユーザーで目標を達成するものまで、内容はなかなか豊富な方だと思う。

 そして次のイベント方式は、ギルド単位で目標を達成するタイプ。それはまあ問題ない。大事なのは――そう、イベント報酬にアバター用の衣装があることだ。

 

 一応言っておくと、私自身はアバターの見た目にそこまでこだわりはない。大好きな桃花先輩に恥をかかせないために、最低限の気を遣う程度だ。じゃあ、なんでアバター用衣装が大事かと言えば、それは全部桃花先輩のために他ならない。

 だってだよ? ちょっと考えてみてほしい。このイベントで私が頑張れば、桃花先輩(の可愛いアバター)に新しい衣装をプレゼントできるんだよ? しかも合法的に! これを頑張らずして、一体何を頑張るというのだ。

 

ナギ 【というわけで】

ほたる【いや、どういうわけよ】

ナギ 【次のイベントは全力疾走するので! ご協力よろしくお願いします!】

ほたる【うーん、いつにも増して勢いが強い】

 

 イベント内容を把握すると、私はいつも〈オルタナティブ〉の人たちと集まっているチャットルームに移動した。報酬ゲットのため、ギルメンに協力を要請しようとしたわけだ。まあ、この時ログインしていたのは蛍くんだけだったんだけど。

 

ほたる【そもそも、なんでそんなはりきってんの?】

ナギ 【次イベの報酬にアバター衣装あるじゃないですか】

ほたる【ああ、あれか。やっぱアオちゃんも可愛い衣装とか好きなんだ】

ナギ 【桃花先輩に着てもらいたくて!!】

ほたる【ああ、うん。そうだよな。アオちゃんはそういう子だったわ】

 

 画面の向こうで蛍くんが呆れている気がする。でも、そんなことはどうだっていい。今優先すべきはイベント報酬を確実に、なるべく早い段階で手に入れることだ。

 

ナギ 【そんなこと言いますけど! 蛍くんだって見たいでしょ!? 絶対可愛いですよ!】

ほたる【それはわかる。オレも見たい】

ナギ 【そうでしょうそうでしょう、桃花先輩可愛いですもんね】

ほたる【桃花ちゃんのアバターな】

ナギ 【先輩はリアルでも可愛いんですー!】

ほたる【いやそれ今は関係なくね? 本人があれ着るわけじゃないし】

ナギ 【譲れないポイントなので!!】

 

 桃花先輩の可愛さを力説してから、私は【とにかく!】と強引に話を進める。

 

ナギ 【可愛い桃花先輩を拝むため、何がなんでもイベント報酬を手に入れなきゃいけないんです! 協力してください!】

ほたる【まあ、オレも報酬ほしいし別にいいけどさ】

ナギ 【……? 何か問題でも?】

ほたる【このチャット、桃花ちゃんに見られたら引かれね? 大丈夫?】

 

「あっ」と、思わず声が漏れた。

 まさかこんな話になるとは思わなくて、全体チャットに書き込んでしまったんだった。さすがにこれを桃花先輩に読まれるのはまずい。私は大慌てで【今のやり取り消してください!!】と打ち込み、自分の発言を片っ端から削除していく。

 こんなことなら、チャットじゃなくて通話にしておくんだった……!

 今さらの後悔をしつつ、私は貴重な休みを証拠隠滅に費やすのだった。