君は猫の人


 うちの学校の図書館には、ちょっと変わった司書がいる。生徒たち曰く「猫の下僕」だとか、「いつも猫を探している」だとか。中には「一緒にいる使い魔の方が偉そう」という意見もある。早い話が使い魔の猫に振り回されている司書だ。まあ、僕の友人なんだけど。

 この日も風の噂で「あの人、また猫探してたよ」と聞いたので、僕は図書館まで足を運んでいた。本当に猫を探しているのなら、暇だし手伝おうかと思ったのだ。

 

「……本当に何か探してる」

 

 図書館へ続く通路の途中、見知った背中を見つけて思わず呟いた。

 鮮やかな青い蝶の髪留めが特徴的な青年だ。コートの裾が汚れることも気にせず身を屈め、きょろきょろと何かを探している。

「天音くん」

 近寄って声をかけると、彼――立羽天音くんは手を止めて、こちらを振り返った。

 

「ん? ああ、伊純。どうしたの? 図書館に用事?」

 

「天音くんが何か探してるって聞いたから、ちょっと様子を見に。何探してるの? またヤトくん?」

 

「正解。またどこかに行っちゃったんだよね」

 

 困っている……というより、呆れた様子で天音くんは溜め息をついた。どうやら噂に聞いた通り、使い魔であるヤトくんを探しているらしい。図書館があるのは本校舎から少し離れた場所だけれど、生徒たちも案外よく見ているものだ。

 

「夜になれば勝手に戻って来るし、生徒に怪我させることもないとは思うんだけど。昔からこんなだから、探すのが習慣みたいになっちゃってるんだよね」

 

「あはは……そういえば、学生時代もヤトくん探してばっかりだったね」

 

「おかげで、校内の地図は抜け道から穴場までバッチリだよ」

 

 天音くんは肩をすくめるけれど、その顔はどこか嬉しそうに見える。元々そういう隠れた場所を見つけ出すのが好きなタイプではあるから、なんだかんだでヤトくん探しを楽しんでいる部分があるのだろう。

 それにしても。

 

「前から不思議だったんだけど、ヤトくんってなんでそんなにいなくなるの?」

 

 使い魔とは通常、主人の命令に従い様々な用事を代行する生き物だ。ヤトくんの場合、一般的な主従関係とは少し違うと聞いているし、実際彼がとんでもなく自由なことは僕自身がよく知っているけれど、どうしてふらりと姿を消してしまうのだろう。しかも、天音くんが生徒たちに「いつも猫を探している人」と認識されるほどの頻度で。

 密かに抱いていた疑問に、天音くんは苦笑いを漏らした。

 

「誰にも話してなかったけど、ヤトさんって子供嫌いなんだよね。だから俺の周りに生徒が集まってくると、静かな場所を探して勝手に出掛けちゃうんだ」

 

「子供嫌い? ヤトくんが?」

 

「うん。うるさいのが嫌なんだって。それにほら、ヤトさんって見た目は可愛い黒猫でしょ? そのせいで触ろうとしてくる子が多くて、それも鬱陶しいみたい」

 

「なるほどねぇ。言われてみると、昔は僕もヤトくんに避けられてたような……」

 

「伊純は友達だから、あれでマシな反応だったんだよ。同じ部屋にはいたでしょ?」

 

「ほとんど姿は見えなかったけどね」

 

 今でこそ普通に接してくれているが、以前のヤトくんは僕が天音くんと会うたび、物陰や部屋の隅に隠れ距離を置いていた。あれは警戒していたわけじゃなく、学生だった僕を嫌っていたのか。こうして真相を知ってしまえば、気になっていたヤトくんの行動にも納得だ。

 

「ところで伊純。俺の様子見に来たってことは暇なんだよね?」

 

 微妙に色が違う青い双眸で、天音くんはじっと僕を見つめた。別にそんな目をしなくたって君の言いたいことはわかっているし、僕の答えも決まっているのに。

 一応「そうだけど、どうしたの?」と尋ねてみると、

 

「ヤトさん探すの手伝ってくれない?」

 

 ほら、やっぱり。思った通りの要求だ。続く言葉はきっと一人じゃつまらないとか、話し相手が欲しいとか、そんなところだろう。静かな環境を好む使い魔とは対照的に、天音くんは人と一緒にいることが好きだからね。

 

「いいよ。というより、最初からそのつもりで来てるよ。僕も話し相手が欲しかったんだ」

 

「あれ、本音バレてる? でもありがとう、伊純」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 ふっと目を細める天音くんに釣られ、僕の顔も自然と綻ぶ。久々に手伝うヤトくん探しは学生時代に戻ったみたいで、なんだか少し楽しみだ。

 

「この辺にいるはずだから、伊純はあっちよろしくね」

 

 天音くんの指示に頷くと、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた気がした。