「おはよう、さがみん」
「え、先輩!?」
いつも通りに登校すると、なぜか1年生の下駄箱に汐見先輩がいた。突然現れた彼女が声をかけてくることは比較的よくあるけれど、朝からというのは珍しい。
「お、おはようございます……朝からどうしたんですか?」
用事に心当たりもなかったため、素直に事情を尋ねてみる。すると先輩は「その反応、今日が何の日か忘れてるね?」と言いながら、手に持っていた小さな紙袋を差し出した。
「バレンタインだから、さがみんにチョコ渡そうと思って待ってたんだよ」
「チョコ? オレにですか?」
「うん。突発の撮影会とか色々付き合ってもらったからね。そのお礼も兼ねて」
「別に気にしなくていいのに……でも、ありがとうございます」
お礼なんて本当に気にする必要ないのだが。好意を断るわけにもいかないので、おとなしく紙袋を受け取った。中には可愛らしくラッピングされた袋が入っているようだが、造花が飾られているのがなんとも先輩らしい。
思わず笑みを漏らすと、先輩もまた気の抜けるようなふわふわした笑顔を浮かべた。
「バレンタイン興味なさそうだったけど、喜んでくれてよかったよ」
「興味ないというか、縁がないから忘れてただけというか……」
「さがみん、そういうのを興味ないって言うんだよ」
それはそうである。
オレは誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「さてと。チョコも渡せたし、わたしはそろそろ戻ろうかな」
「わざわざありがとうございました」
「どういたしまして。それじゃあ、また部活でね~」
ひらひらと手を振って、先輩は教室に帰っていった。その背中を見送ってから、オレは手元の紙袋に視線を落とす。
――はじめてバレンタインにチョコを貰ったけど、来月、何を返せばいいのだろう?