「せんせえ、ただいま! 芳乃さんから金平糖もらった!」
バタバタと騒がしい足音と共に、元気な声が木造の古い家屋に響く。時雨が手元の本から目をあげると、面倒を見ている少年――氷雨が帰って来たところだった。
「おかえり、氷雨。ずいぶん嬉しそうだね」
「うん! だってこれ、すごく綺麗なんだもん。芳乃さんはお菓子だって言ってたけど、本当に食べられるの?」
縁側にいた時雨の隣に腰掛けて、氷雨は金平糖の入った小さな箱をまじまじと見つめた。
時雨の知る限り、この少年からは様々な知識が抜け落ちている。知っていて当然の事柄すらも知らない、ほとんど無知の状態だ。こうして首を傾げているということは、金平糖についても忘れてしまっているのだろう。
時雨は少し考えて、箱に入れられた色とりどりの金平糖を一つ摘み取った。普段ならあれこれ説明でもしていただろうが、今の氷雨は「食べられるかどうか」しか興味がなさそうだ。そんな子相手に蘊蓄を語るほど、時雨も野暮な男ではない。
「食べられるよ。ほら」
「わっ!」
時雨は摘んでいた金平糖を、僅かに開いていた氷雨の口に放り込んだ。余計な説明をするよりも、実際に食べさせてしまった方が早いだろう。
突然のことに元より大きな目をさらに丸くして、氷雨は「何したの!?」と訴えるようにこちらを見つめてくる。しかし次第に甘さが広がってきたのか、ばちぱちと目を瞬かせながら金平糖を転がし始めた。
「……おいしい。でも、思ってたより甘いね」
「砂糖菓子の一種だからね。ほとんど砂糖の塊みたいなものだよ」
「へぇ、だから甘いんだね」
時雨の言葉に頷きながら、氷雨は新たな金平糖を口に放り込んだ。どうやら気に入ってくれたらしい。笑顔で頬張る姿を見ていると、だんだんこちらまで嬉しくなってくる。
微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、氷雨は突然、眩しいくらいの笑顔で時雨を振り返った。
「せんせえにもあげる!」
「ふふ、ありがとう」
差し出された箱の中から金平糖を一つもらい、それを口に含む。口内に広がる甘みはどこか懐かしさがある。
――美味しいね。
二人は顔を見合わせると、そう言って笑い合った。