雨が降っていた。
生徒会の用事で少し遅い時間まで残っていたため辺りは静まり返っており、雨の打ちつける音が妙に大きく聞こえる。普段がやたら活気に満ちていることも手伝って、世界に取り残されたような錯覚すら覚えそうだ。
――それはさておき。俺が今考えるべきは、どうやって学生寮に帰るかだ。
朝に見た天気予報は降水確率30%。勝てると思って傘を持たずに出たらこの様で、運の悪いことに、ロッカーに放り込んでおいた折り畳み傘も先日使って戻し忘れているときた。待ったところで小降りになるとは思えないし、そもそも最終下校時刻が近い。となると、俺に取れる行動は一つしかない。
「走るか」
本校舎から学生寮まで、決して走れない距離ではない。幸い運動神経は悪くないし、帰ってすぐにシャワーを浴びれば風邪を引く心配もないだろう。
しっかり鞄が閉まっていることを確認し、ひと思いに駆け出そうとする。しかし足を踏み出す直前、後ろから勢いよく制服の襟を掴まれ、俺はそのまま屋根の下に引き戻された。
「待て待て待て! 走って帰る気か、この馬鹿!」
「――っ! 首絞まってるから放せ……っ」
一瞬息が止まりかけて、俺は犯人こと捺希の手を振り払った。雨で若干肌寒いせいか、すっかり口数が減っていたから一緒にいるのを忘れていた。
引っ張られた襟を正し、捺希へ抗議の視線を送る。
「傘ないんだから走るしかねえだろ」
「走って風邪引かれると困るんだよ」
「別に迷惑はかけねえよ。薬飲めば2~3日で治るだろうし、移されたくないなら四季の部屋にでも避難してればいいだけだろ」
「いや、看病するのは別にいいんだけどさ。生徒会長の代理とか絶対したくねえ」
「心配事そこかよ。まあ、まず風邪引くかもわかんねえけど」
「だから走って帰るの止めろって言ってんだろ!」
やけに走って帰ることを止めてくるなとは思ったが、なるほど。そういうことか。
視線を捺希の手元に落とすと真面目なこいつらしく、しっかりと傘が握られていた。そういえば朝にも傘を持つ、持たないで話をしたような気がする。なんにせよ、捺希が言いたいのはつまり――
「入っていけ、って素直に言えばいいのに」
思わず意地の悪い笑みを浮かべて言うと、捺希の表情がみるみる険しくなっていく。そして終いには「風邪でもなんでも引いちまえ」と吐き捨てた。
「おい、さっきと言ってること違うぞ」
「お前の顔見てたら無性に腹が立ったもんで」
「そういうとこは素直なんだよなぁ」
「うるせえ。マジで置いてくぞ」
と言いつつも、待っていてくれるのが実にこいつらしい。
余計なことを言うと今度こそ本気で置いていかれかねないので、俺は「ありがとな」とだけ伝えて捺希の代わりに傘を持つ。隣から雨音に混じって、「そういうとこだけは律儀なんだよな……」と呟く声がした。