「そうだ、ペンギン! ペンギン買いに行こう!」
「え?」
結羽の突飛すぎる発言に、思わず間抜けな声が漏れた。隣にいる樹を見上げれば、その顔には何を言っているんだ? とでも言いたげな表情が張り付いている。どうやら彼も、今の発言が意味するところを理解できなかったらしい。
となると、この場で結羽の言葉を正しく理解できているのは一人しかいない。
つぐみは解説を求める気持ちで、そのたった一人――秋名の方へ視線を向けた。
「ああ、たぶんあれじゃないかな。買いたいって言ってたから」
視線に気付いたのか、秋名がすっと前方を指さす。細くて長い指先を追っていけば、なるほど。ペンギンとはそういう意味かと納得した。
売店である。つまり結羽は、ペンギンのぬいぐるみを買いに行こうと言っていたのだ。
「ほら、早く早く!」
人混みを掻き分けて、結羽は売店へ一直線に向かっていった。三人も後を追い、人垣を縫って進んでいく。
途中、はぐれないよう樹に手を引いてもらいながら売店まで辿り着くが、結羽の姿は見当たらなかった。おそらく既にぬいぐるみコーナーまで行ってしまったのだろう。
「あっちかな?」という秋名の指示に従い、売店のさらに奥へ。人垣の向こうに、ちらりと結羽らしき背中が見えた。
「やっと追いついた……」
そう呟いたのは誰だろう。声に反応した結羽はこちらを振り返り、キラキラと輝く目を向けてきた。……巨大なペンギンのぬいぐるみを抱えながら。
「ねえねえ、見て! こんなの売ってる! 買っちゃおうかな」
「ちょっと待て。そんなでかいぬいぐるみ、置く場所あるのか?」
「え? 置く場所?」
樹のごく真っ当なツッコミに、結羽がきょとんとした様子で首を傾げる。その表情からして、置き場所のことはあまり考えていなかったのだろう。
たっぷり十数秒ほど考え、やがて結羽はいい笑顔で言い切った。
「ないと思う!」
「そんな気はしてた」
「もう少し小さいやつから選ぼうか」
「ちょっと惜しい気もするけど、置く場所ないもんね。……あ、そうだ!」
秋名に言われ別のぬいぐるみを選びに行こうとしていた結羽は、しかし突然ぴたりと足を止めた。それからつぐみの方を振り返り、ぬいぐるみを抱えたまま器用にその手を掴んだ。
「お揃いのやつ買おう」
「え?」
「ぬいぐるみ、色違いで買おうよ。いろんな色の子がいたから、きっとつぐみちゃん好みの子もいるよ! もちろん、興味ないなら無理にとは言わないけど」
どうかな? と尋ねる姿は、ぬいぐるみを抱えているせいもあって普段より可愛らしく映る。こんな風に尋ねられては、断るものも断れなくなってしまいそうだ。もっとも、つぐみには最初から断る気持ちなどないのだが。
「……うん。色違いの子、買いましょう」
「やった! 何色の子にしようか? これだけ色があると迷っちゃうね」
「そうですね。……ひとりだけに絞れるかな」
外で待っているという男性陣と別れ、結羽と二人、ぬいぐるみが並ぶ棚と向き合う。彼女の言っていた通り、そこには色とりどりのペンギンが座っている。こんなにいるのに選べるのは一つだけだなんて、とんだ難問だ。
「あれ? もしかして装飾違いもある?」
「……本当だ。一体何種類あるんでしょうか」
「これじゃあ、ますます悩んじゃうんだけど!?」
この色が可愛い、あの色も可愛い。こっちの装飾もよくない? なんて言い合って。結局、二人が売店を後にしたのは30分も経った頃だった。