俺の担当する作家はやたらと女性にモテる。担当になると体調を崩すという噂――実際、前任者たちは揃って謎の体調不良に見舞われている――こそあるものの、その甘いマスクは女性の心を掴んで離さないようだ。現に噂を気にしない同僚には、後任にはぜひ私を! と何度も打診されてきた。
そしてこの日も、
「奥村さん!」
珍しく編集部を訪れていた件のイケメン作家――九十九先生が帰った頃を見計らい、数名の女性職員が俺を取り囲んだ。大方、彼の話を聞きに来たのだろう。
「九十九先生、ずいぶん嬉しそうに帰っていきましたけど何かあったんですか?」
「まさか恋人!?」
「そういえば前にお会いした時、誰かと楽しそうに電話してたような……」
「え、じゃあ本当に?」
何も事情を知らない彼女たちは、俺を囲んだまま好き勝手なことを言い合っている。
最近あの人の傍にいるのは恋人ではなく、お人好しの隣人だ。なんでも料理を作ってもらっているらしい。先生は彼のことをずいぶん気に入っているようだし、当面の間は恋人を作ることはないだろう。まあ、これも立派な個人情報なので口には出さないが。
代わりにひとつ溜め息を漏らすと、彼女たちは「それで、どうなんですか!?」と詰め寄る勢いで俺を見た。一斉に向けられた視線は「何も知らない」と言ったところで解放してくれそうにない。さて、どうしたものか。
少しの間考えて、俺は仕方なしに口を開いた。
「……一緒に夕飯を食べる約束がある、という話は聞いた」
これなら嘘はついていないし、彼らに迷惑をかける心配もないだろう。もしこれ以上を聞き出そうとするなら、その時は「知らない」で押し通せばいい。いくら担当編集とはいえ、そこまでプライベートな話はしていないと判断してくれるはずだ。
もっとも――
「それ絶対デートですよ、デート!」
「うぅ、密かに狙ってたのに……!」
「でもあの顔で独り身って方が信じられなくない?」
「確かに」
勝手に解釈して勝手にショックを受けている彼女たちの目には、とっくに俺なんて映っていないようだった。
さすがに本人に聞くようなことはしないと思いたいが、しばらくは外で打ち合わせをするべきかもしれない。今後の予定を考えながら、俺は静かに自分のデスクに戻ることにした。