さよならの代わりに一枚の名刺を


「まさか退院時期まで被るとはねぇ。おかげで、話し相手には困らずに済んだけど」

 

 迎えが来るのを待ちながら、八尋が楽しげに笑う。

 彼と毎日のように話すようになって、数日後のことだ。幸は検査入院の期間が終わり、八尋もまた退院の許可が下りたそうで、偶然にも二人は同じタイミングで退院する運びとなった。本当に最後まで、何かと縁のある人である。

 

「あ、そうだ。せっかく知り合ったんだし、連絡先交換しない?」

 

「交換しても、別に連絡する機会なんてないでしょう?」

 

「そんなこと言わないでよ! 連絡する機会なら……ええと、ほら。僕結構『おかしな話』を聞くことが多いから、ネタの提供とか? 幸くんってオカルトに興味あるんでしょ?」

 

「ええ、まあ。……ネタにはあまり期待できませんけど、そこまで言うなら」

 

「ふふ、ありがとう。なんだかんだ言って優しいよね」

 

「……連絡先削除しますよ」

 

「そんな照れなくてもいいのに……って、本当に削除しようとしないで!?」

 

 八尋が大慌てでスマホを弄る手を掴んでくる。

 本気で削除するつもりはなかったのだが、わざわざ言う必要もないだろう。大人しくスマホを仕舞うと、八尋はホッと息を吐き出した。それから何か思い出したのか、「ああ、忘れてた」と呟いて荷物を探り始める。

 

「あったあった。はい、これ」

 

 荷物の中から小さなケースを取り出すと、八尋は1枚の紙を差し出した。

 どうやら名刺らしい。聞き覚えがあるような気がする社名と彼の名前、連絡先などが記載されている。一体どこで聞いた社名だったかなと幸は首を捻るが、それについて思い当たるよりも早く。

 

「裏に僕がよく行く喫茶店の住所も書いておいたから、よかったら顔出してよ」

 

 と、八尋が続ける。

 言われたとおり名刺を裏返すと、手書きの住所が記されていた。見覚えのある地名は確か、天ヶ咲の駅付近だっただろうか。

 

「そこのコーヒー、僕のお気に入りなんだ」

 

「そんなに美味しいんですか?」

 

「うん、常連さんにも評判いいみたいだよ。まあ僕の場合、他にも理由があるんだけど」

 

「……? 何か言いました?」

 

 最後だけ聞こえず幸は首を傾げる。しかし八尋は「なんでもないよ」と笑うだけで、もう一度話すつもりはないようだった。

 

「幸くんとも改めてゆっくり話したいなー、って」

 

「……そうですか。まあ美味しいコーヒーが飲めるみたいですし、考えておきます」

 

「うん。気が向いた時にでもふらっと来てよ。たぶん僕もいるだろうから」

 

「たぶんいるって、どれだけ通ってるんですか」

 

「……暇な日はほぼ毎日?」

 

 気に入っているで済ますには、さすがに頻度が高すぎるような。けろりととんでもない習慣を暴露した八尋に、幸はただ相槌を打つしかできなかった。