春を探す僕ら


 高良がその連絡を受けたのは、春休みも終わりに近付いた頃だった。

 

『さがみん、明日暇だったりしない?』

 

 夕飯も食べ終わり、あとは眠くなるまでのんびり過ごすだけ。休日の特権を利用した気ままな夜に、突然そんなチャットが送られてきたのだ。

 メッセージの送り主は写真部の先輩である汐見華。なんの脈絡もなく声をかけては周囲の人々を振り回す、マイペースな少女だ。

 彼女の性格からして、今回もきっとそういうことなのだろう。なんとなく予感を覚えつつ『暇ですけど、どうしたんですか?』と返す。すると数分後。華は案の定、残り少ない春休みの予定をよくわからない内容で抑えてきた。

 

『だったら少年よ、一緒に春を探しに行こうじゃないか』

 

***

 

 結論だけ言うと、華の言う春を探すとは桜の写真を撮りに行くことだった。

 なるほど、春と言えば桜だ。言いたいことはわからなくもない。でも、それならそうと素直に言えばいいのに。今さら過ぎる訴えは飲み込んで、高良は二つ返事で誘いに乗った。元々写真を撮りに行く予定もあったことだし、断る理由はないだろう。

 

『じゃあ明日のお昼2時、星杜丘陵の第一広場入口で待ち合わせね。あ、自転車で来てね! 絶対だよ!』

 

 後に来た返信にはそう書かれており、どうして自転車? と首を傾げたが――星杜丘陵は基本、自転車での立ち入りが禁止されている――その答えは当日、本人の口からあっさりと語られた。

 

「今の時期はねぇ、自転車でも入れる場所があるんだよ。お花見する人も多いから、ほとんど外周しか通れないけど」

 

「そうだったんですか。じゃあ今日って……」

 

「うん。外周走りながらいい感じの撮影ポイント探そうかなって。と言うわけで、さっそく元気に行ってみよ~!」

 

 ゆるい掛け声と共に小さな拳を振り上げて、華は意気揚々と自転車を漕ぎ始めた。

 一瞬遅れて高良が後を追うと、確かに外周にはちらほらと自転車の影があった。花見に向かうのかやけに大荷物を乗せた人、サイクリングコースとしてここを選んだと思しき人、その身一つで桜を見に来た人。その目的は様々なようで、共通するのはすれ違う人たちは皆笑顔ということだ。

 

「手始めに池の方まで行こうと思うんだけど、さがみんどこか行きたい場所ってある?」

 

「特にない……と言うより、敷地内のどこに何があるのかあんまり把握してないんで、先輩の好きなところでいいですよ」

 

「うん、じゃあ、行き当たりばったりかな? わたしも把握してないから」

 

「えっ」

 

「大丈夫、案内板見ればどこでも行けるし帰れるよ」

 

 てっきり敷地内のことをある程度把握しているのかと思っていたが、そうでもないらしい。「確かこっちだった気がする」と妙に不安を煽ることを言いながら、華はどんどん先へ進んで行ってしまう。

 

「……本当に大丈夫なのかな」

 

 思わず呟いた一言は、本人に届くことなく風に乗って消えていった。