「わらびさーん」
調子に乗って作りすぎた煮物を幼馴染みの家まで届けて欲しい。母親に頼まれ佐倉家まで来た京一郎は、誰かを呼ぶ少女の声に足を止めた。
(今の声……八重だよな?)
どうしたのかと思い、幼馴染みの少女――八重を探して辺りを見て回る。声が聞こえたということは、そこまで遠くないはずだ。
「……いた。何やってんだ?」
佐倉家が所有する広い敷地の片隅に見慣れた後ろ姿を見つけ、声をかける。何かを探すようにキョロキョロしていた八重はその声に振り返ると、意外な人がいると言わんばかりに目を瞬かせた。
「あれ、京ちゃん? どうしたの?」
「作りすぎた煮物のお裾分けに来たんだよ。お前こそ、こんなところで何してんだ?」
「わらびさん探し」
「わらび……ああ、あの三毛猫か」
どこかで聞いた気がする名前に首を捻っていた京一郎は、ようやくその正体に思い至った。
佐倉家には一匹の三毛猫がいる。話を聞く限りおそらくあやかしの類と思われるご長寿猫で、名前は「わらび」。つまり八重は家族の三毛猫を探していた、というわけだ。
「けど、なんでわらびを探してるんだ? まさか逃げたわけじゃないよな」
「うん、それはないと思う。おばあちゃんも『わらびさんは私たちと遊びたいんだよ』って言ってたし」
「じゃあ、敷地内のどこかにはいるのか」
「たぶん。京ちゃん、探すの手伝って?」
「ん。これおばさんに届けてくるから、先に探しててくれ」
「わかった。ありがとう、京ちゃん」
改めてわらびを探し始めた八重と別れ、ひとまず煮物を届けることにする。わらびが脱走している可能性は低そうだし――八重の祖母が言うことはだいたい当たっているのだ――そこまで慌てる必要もないだろう。
煮物を届け、世間話もそこそこに京一郎は三毛猫探しに合流した。幼い頃からよく出入りしていた佐倉家の敷地は、京一郎にとっては庭も同然だ。
しかし。二人がかりで探したにも関わらず、結局わらびを発見したのは、それから1時間も経ったあとだった。