じゃあこれ、教会まで届けておいてね!
そう言って一抱えはありそうな段ボール箱を二つほど俺に押し付けて、姉貴は無常にも玄関を閉め切った。バタン、とむなしい音が春空の下に響き渡る。
いや、免許持ってるんだから自分で運べよ!
正論をぶつけようにも肝心の姉貴は家の中に消えているわけで。残された段ボール箱を前に俺は深い溜め息をついた。
「相変わらずだな、お前の姉さん」
隣の庭――つまり自宅から一部始終を見ていたらしい捺希が同情の眼差しを向けてくる。飼い犬のゴールデンレトリバーが横で尻尾を振っているのが若干腹立たしいが、まあ置いておこう。やつに罪はない。
「全くだ。抱えて運ぶサイズじゃねえだろ、これ」
「何入ってんの?」
「知らん。姉貴でも運べるからそんな重くはなさそうだけど」
「ふーん」
「興味なさそうだな」
「一応聞いただけで実際そんなに興味ない」
「あっそう」
適当に返事をしながらどうしたものかと首を捻る。
あの姉貴のことだ、放置したところで運ぶまで鬼のように連絡を寄越してくるのは目に見えている。だから俺が悩むのは、いかにして少ない手間で運びきるかだ。このサイズじゃ自転車には乗らないし、うちにはあいにく台車もない。抱えて歩いたら片道20分はかかるだろう。それに二つ重ねたら前が見えるかどうか。
素直に頼るのは癪だが、こうなると捺希に手伝ってもらう他なさそうだ。
「……捺希、」
「明日の昼飯で手を打ってやろう」
話の早い幼馴染みである。
◇◇◇
目的地の教会はちょっとした高台に建っている。俺たちのいる正面入口からだとわかりにくいが、裏手からは海と周囲の町並みが一望でき、その景色は写真家が撮りに来るほど綺麗なものらしい。
せっかくだし見てみるか、と家を出てすぐは軽い気持ちで話していたが、結果だけ言おう。それどころではない。段ボールを抱えてのぼる傾斜は予想よりきつく、俺たちを出迎えた神父も、
「え。それ抱えてのぼって来たんですか?」
と、目を丸くしていたのだから色々察して欲しい。多少の小遣いもらっても当然の働きしたんじゃねえの? 俺たち。どうせ何もくれないだろうけど。
「弟さんが運んで来るとは聞いてましたけど……大変だったでしょう? 建物の裏手にベンチがありますから、少し休んでいったらどうですか?」
「そうさせてもらいます。俺はともかくこいつが帰れそうにないんで」
隣でバテている捺希を指さして言う。教会に着いてから未だ一言も声を発していないあたり、回復するにはそれなりの時間を要するに違いない。昔から捺希は体力がないのだ。
心做しか何か訴える冷たい視線を感じるがそれは無視して、俺は気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、その箱何が入ってるんですか?」
そう、ここまで運んで来た段ボールの中身だ。途中で覗いてもよかったがそんな余裕はなく、結局わからず仕舞いになっていたのだ。
神父は小さく笑って「お姉さんから聞いてませんか?」と、段ボールを開けた。
畳まれた服を下敷きにクマ、ウサギ、犬、果てはよくわからん謎の生き物まで、大量のぬいぐるみが詰まっていた。元々うちにあったんだから当たり前だが、見覚えのあるやつがいくつか混ざっている気がする。
「この教会は児童養護施設を併設しているんですけどね。子供服とかおもちゃとか、使わなくなったものを寄付していただいて、それを子供たちへプレゼントしているんですよ」
「へえ、姉貴もたまには人の役に立つことするんですね」
「お姉さんにお礼を言っておいてください。君たちもありがとう。僕はこれを運ばないといけないので、先に失礼しますね」
段ボールを二つ重ねるとそれを軽々と抱え、神父は教会脇の建物に歩いて行った。……あれ、結構な重さがありそうだけど、なんで涼しい顔で持てるんだ?
思わず後ろ姿が消えるまで見送って、隣で座り込んだままの捺希をつつく。さすがに入り口前にいたら邪魔になる。
「おい、捺希。へばるなら裏手のベンチにしろ。俺は飲み物買ってくるから」
「うい……」
捺希らしくない気の抜けた返事に一抹の不安を覚えるが、どうにか立ち上がれるなら大丈夫だろう。たぶん。
多少気になりつつも教会を後にし、俺は途中で見かけた自動販売機まで坂を駆け下りた。