カチカチと秒針の回る音だけが響く深夜1時過ぎ。
リビングのソファに腰掛け本を読んでいたおれは、ちらりと隣へ視線を向けた。
「祈ちゃん、眠いなら寝た方がいいよ。響也さんも先に寝ててって言ってたし」
「んん……やだ、帰ってくるまで寝ない……」
うとうとと船を漕ぐ同居人――祈ちゃんは、そう言って小さくあくびをした。どこからどう見ても限界が近い、というか超えてそうなんだけど、本当に起きているつもりなのだろうか。明日は日曜だからそこまで支障はないとはいえ、無理に起きていては身体にもよくない。
「祈ちゃん」
もう一度だけ説得を試みようとするが、彼女はおれが何か言う前にやだやだと駄々っ子のように首を横に振った。
まったく、変なところで頑固なんだから。心の中で溜め息をつき、おれはテーブルに置いていたスマホを起動した。
おれたちが待っているのは保護者である秋ノ瀬響也という人だ。事情を抱えるおれと祈ちゃんを居候として受け入れ、一緒に暮らしてくれている。
彼は今、急な呼び出しを受け出かけているのだが、少し前にこれから帰る旨の連絡が来ていた。その時刻を確認したくてチャットアプリを開くと、連絡があったのは30分くらい前だった。近場での用事だって言ってたし、さすがにそろそろ帰ってくるだろう。
「響也さん、そろそろ帰ってくる頃だから。帰ってきたらちゃんと寝てね。身体によくないよ」
「うん。おかえりって言ったら……すぐ寝る……」
「……これで起きてられるのかなぁ」
祈ちゃんの声はわかりやすいくらいに眠そうで、いよいよ寝落ち寸前といった様子だ。このままだと響也さんが帰宅する前に寝てしまうのではないだろうか。
――なんて思った矢先。ガチャ、と鍵の開く音が耳に届いた。どうやらタイミングよく帰宅してくれたらしい。
「ただいま……って、二人とも起きてたの?」
リビングに入ってきた響也さんが驚きの声をあげる。時間も時間だし、先に寝ていると思っていたのだろう。
「おかえり、響也さん」
「響也くん、やっと帰ってきたぁ……おかえりなさ……い……」
「え、ちょっと、祈ちゃん!?」
あ、電池切れた。
帰りを待ち続けていた祈ちゃんは響也さんの顔を見て満足したのか、どうにか「おかえり」の言葉を絞り出し、そのまま意識を手放してしまった。おれの方に傾いてきた身体を抱きとめると、すぅすぅと小さな寝息が聞こえてくる。おかえりを言ったらすぐに寝るとは言っていたけど、まさかこの場で寝始めるとは。
響也さんは慌ててこちらに駆け寄るが、幸せそうに眠る祈ちゃんを見ると困ったふうに微笑んだ。
「こうなるから先に寝てて、って言ったのに」
「おれも一応声はかけたけど……そういえば、なんで意地でも起きてようとしたんだろう」
「祈ちゃんなりに事情があるんだよ、きっと」
そう言う響也さんの口振りは「事情」に心当たりがあるようだった。気にならないと言えば嘘になるけれど、おれが聞いていい話でもないように思う。少なくとも、当事者である祈ちゃんが眠っている今は。
結局おれは「そっか」と一言だけ返し――不意にあくびが漏れた。響也さんが帰ってきて安心したのか、急に眠くなってきた気がする。
あくびの瞬間を目撃したらしい響也さんは小さく笑い、
「あとは僕がやっておくから、棗は先に寝てていいよ」
「ん……じゃあ、お言葉に甘えて」
「祈ちゃんに付き合ってくれてありがとう、棗。おやすみ」
「うん、おやすみ。響也さん」
抱きかかえたままだった祈ちゃんを託し、重たくなってきた瞼を擦る。せめて使いかけのマグカップくらいは片付けようと思ったが、正直それすら億劫だ。
――まあ、一晩くらい放置しても問題ないか。
うまく働かない頭で早々に結論を出し、おれはのろのろと二階の自室へと向かった。