「今年もそろそろ終わるけど、朔真くんは実家に帰らなくていいのかい?」
夕飯を終えて一息ついた頃、お茶をすすっていた雅さんが唐突に尋ねてきた。
確かにもう年の瀬だし、夕飯係を仰せつかっている以上、そのあたりの事情は共有しておくべきだろう。それはわかるんだけど。
「いや、今さらそれ聞きます?」
年末年始の予定を聞くなら普通、もう少し前だろう。今はもうクリスマスも過ぎて、某童謡よろしく正月まであと何日かを数える段階だ。自己申告しなかった俺にも非はあるけれど、さすがに聞くのが遅すぎやしないか。
「そういえば聞くの忘れてたな、と思って。まだ家にいるってことは、帰らない感じかな?」
「そうですね。俺の実家わりと近いんで、年明けてから日帰りで顔出せばいいかなと。雅さんは?」
「それがさ、『帰って来るな』って言われてるんだよね」
「え?」
もしかして、まずいことを聞いただろうか?
微塵も想像していなかった答えに、マグカップに伸ばそうとしていた手が止まる。家族に「帰って来るな」と言われる状況なんてそうそうないと思うのだが、一体何があったのだろう。
ひとまず顔色を窺おうと雅さんの方を見てみると、にこにこと楽しそうにこちらを見つめる彼と目が合った。ああ、これはしょうもない理由だな、と確信した。わざと引っかかる言い方をして、俺がどんな反応をするのか見ていただけに違いない。九十九雅はそういう男だ。
「ちょっと朔真くん、そんな冷たい視線を送らなくてもいいじゃないか。確かにからかおうとした僕も悪いけど」
「やっぱりからかおうとしてたんじゃねえか。で、実際はなんで帰って来るな、なんて話になったんですか?」
「僕の両親、年末年始で海外旅行に行くらしいんだ。だから帰っても誰もいないし、もし顔を見せに来るなら帰国してからにして欲しい、ってことみたい」
「海外で年越しする人って本当にいるんだ……」
「両親をレアキャラみたいに言わないでよ。言いたくなる気持ちはわかるけど」
「わかるのかよ」
「だってまさか身内が行くなんて思わないじゃない。……じゃなくて!」
何かを思い出したのか、雅さんはハッとした様子で俺の方を見た。
一体何事かと思ったが、
「年明けに帰省するつもりってことは、大晦日はこっちにいるんだよね?」
「……? そうですけど」
「よかったら一緒に年越ししない? お蕎麦食べて、珍しくお酒でも開けて、あとはこたつでのんびり喋るだけの集まり」
年越しのお誘いだった。
正直、雅さんなら蕎麦が食べたいと言い出すと思っていたし、俺もそれくらいは用意するつもりでいた。でも、それだけだ。年が明けるまで一緒に過ごすことは頭になかった。なんていうか、日常とは違うことをするのが――俺たちの関係性が変化してしまうのが、怖いのかもしれない。どうやら俺は自分が思っているよりもずっと、雅さんとの今の関係を気に入っているらしい。
なかなか答えない俺の顔を覗き込み、「嫌?」と、雅さんは首を傾げた。なまじ顔が整っているため、嫌とは言わせない謎の力があった。どちらか答えろと言われたら、元より断るつもりはないのだが。
「……暇だし別にいいですけど、蕎麦用意するの俺ですよね」
「もちろん。ああ、それと一日にはお雑煮が食べたいな」
ちゃっかり雑煮まで要求してくるあたり、抜け目がないというか雅さんらしいというか。この人たぶん何も考えてないし、やりたいこと片っ端から言ってるだけだなと思ったら、色々考えていたのが馬鹿らしくなった。ちょっと一緒に過ごす時間が増えたくらいで、俺たちの関係はきっと変わらない。
「遅めの朝食でもいいなら作りますよ」
「ということは、朝起きたらお雑煮のにおいがしてくるんだ。なんか懐かしいな」
「……ん? ちょっと待て。まさか泊まる気ですか?」
「うん。朔真くんの部屋で寝落ちする気満々だよ」
「部屋隣なんだから帰れよ!」
ていうか、人の部屋で寝落ちする宣言を堂々とするな。
「別にいいじゃない。減るものでもないんだし」
「減る、減らないじゃなくて単純に狭いんですよ。雅さんでかいから」
数分前の自分が本当に馬鹿らしく思えるくらい、しょうもない言い合いが続く。
こういう時、折れるのはいつも俺だ。大晦日の深夜、部屋のこたつで寝落ちている雅さんの姿が発見されたのは言うまでもないだろう。