マリンブルーの約束


 日に日に暑さが増していく初夏の休日。パソコンに保存された写真データを整理していた高良は、あるフォルダを開いたところで作業する手を止めた。

 画面に並んでいるのは、四角く切り取られたたくさんの青。去年の夏、カメラ片手にふらりと立ち寄った海を写したものだ。

 

「……今年も撮りに行こうかな」

 

 ふと、そんなことを考える。

 あの時は暑すぎて早々に帰ってしまったし、カメラも買い替え前だった。本格的な夏が来る前に、海まで写真を撮りに行くのはありかもしれない。

 高良はブラウザを立ち上げて、直近の天気予報に目を走らせた。本当に海まで行くなら早いうち、なるべく涼しい日を狙いたい。休日で行きやすそうなのは――

 

「真剣な顔して、何調べてるの?」

 

「んえ!?」

 

 突然かけられた声に飛び上がり、慌てて声のした方を振り返る。いつの間に近付いていたのか、すぐ背後に同居人である社が立っていた。

 

「ごめんね。驚かせちゃったかな?」

 

「す、少しだけ……」

 

「それは悪いことしちゃったね。ところで、天気予報なんて眺めてどうしたの?」

 

「ちょっと海まで写真撮りに行こうかと思って。いつにするか悩んでたんです」

 

「へぇ、海か……それなら僕、いい穴場知ってるよ。案内してあげようか?」

 

「え、いいの!?」

 

 思ってもみなかった申し出に、自然と声が高くなる。

 確か以前、社の実家は海が近い町にあると言っていた。そんな彼が紹介する穴場となれば、地元の人だけが知る場所であってもおかしくない。そうでなくても、海を見慣れた人はどんな景色を教えてくれるのか、純粋に興味があった。

 

「いつ行こうか? 希望はある?」

 

 スマホを取り出し、何かを検索しながら社が尋ねてくる。その声は高良と同じく、どこか弾んで聞こえる。

 

「なるべく涼しい日がいい、かな。去年は暑すぎてすぐ帰っちゃったから」

 

「高良くん、暑いの苦手そうだもんねぇ。そしたら……あ、来週の日曜あたりいいかも。お出かけ日和って感じじゃない?」

 

 そう言って、社はスマホの画面をこちらに向けた。覗いてみると、高良が調べていたものとは微妙に違う天気予報が映っている。おそらく、社が連れて行こうとしている地域のものだろう。

「日曜……」

 ずらりと並んだ天気マークの中から、赤で書かれた日付を確認する。晴天のわりに気温はそこまで高くなく、雨が降りそうな気配もない。決して涼しそうではないものの、なるほど確かに、出かけるにはちょうどよさそうだ。

 

「どうかな? 先約があるなら別の日にするけど」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「よかった。じゃあ、来週の日曜は空けておいてね」

 

「うん。どんなところか楽しみにしてる」

 

「ふふ、期待してていいよ。きっと気に入ってくれると思うから」

 

 嬉しそうに目を細める社の様子を見る限り、その場所が本当に好きなのだろう。

 いつか先輩も言っていたが、好きな場所を紹介してもらえると嬉しくなるという話は本当らしい。ほんの気まぐれから始まった約束に、高良の顔は自然と綻んでいた。